春遠からじ

2017年04月25日



スミレちゃん、3年生。


ぐりの教室に初めていらしたのは、転勤で引っ越していらしたばかりで
見知らぬ土地での入学を控えた 年長さんの秋のことでした。

言葉はまばらで反応も薄く、フワフワ焦点が定まらない状態。
まだ小さい下のお子さんと一緒になると、みるみるハイになってドタバタが加速する、
そんなお子さんでした。

「DQ65で、軽度の学習障害もあります」
そうお伺いしてから一通り課題を進めた後、
お母さんに「それにしても、よくここまでにしましたね」と、
思わず声をかけたことを今でも鮮明に覚えています。

見ればわかります、
ここまでの道のりが、決して平坦なものではなかったということは。

いらした当時のスミレちゃんは、ずっと座っていられるし、
数字と平仮名、カタカナをほぼ書けるまでになっていましたが、
その陰には、お母さんの並々ならぬ努力の跡が伺えます。

「ほら、リンゴよ!って指をさしても、全く何もわからないという状況でした」

スミレちゃんは保育園に通うまで、以前にお住いの地域で
療育の家庭教師のレッスンを受け、お母さんご自身でも懸命に療育なさったとのことでした。

それにしても、お母さんが療育を施したり勉強を教えたりなさって、
事態をより一層深刻なものにしてしまわれるケースを数多く目にしてきましたが、
スミレちゃんは、お母さんの指示によく従うよう上手に指導されており、
それが適切な判断と対応であったことをとても感心しました。

スミレちゃんの変化が特に著しかった、入学前から1年生を終えるまでの経過を書き記します。


週2回のレッスンを始めて3ヶ月程でしょうか、
「ポツ、ポツ、と言葉が出るようになって、覚えた歌をうたったりするようになりました」
と、初めて明るい声のお母さん。

言語の表出がないお子さんのお母さん方にとって、
言葉が出るということは、たっての願いでもありますね。

その頃、お母さんから「今まで私に従うようにしてきたけど、少し扱いにくくなった」
と、お伺いすることがありました。

お母さんの涙ぐましい頑張りの甲斐あって、
周囲からの働きかけに応じて行動できるまでになっていたスミレちゃん。
しかし、レッスンを始めて理解できることが少し増えてきたために、
それまでにはなかった意思や感情、興味が芽生え、指示に背くようにもなったのでした。

この状況に進まれた生徒さんたちをみると、
認知機能が上がった途端、誰から教わるわけでもなく、
まるで、それまで年齢相応に経験してくるはずだったことを遡ってやり直して味わうかのようにも受け取れ、
本能って神秘だなぁと感じます。
お母さん方にとっては、たまったものではありませんが・・。

毎回45分のレッスン。
終了前5分になると「おかしゃん(お母さん)のとこ、行く」と泣き始める時間の正確さ。
ようかい体操第一には俄然張り切る可愛らしさ。
数や図形、ピアノなどの分野はグングン吸収して伸びをみせますが、
言葉自体は増えていきながらも、やり取りするまでには
まだまだ全然時間が足りない状態でした。
いらしたのが就学前だったので、やむをえません。

レッスンを始める時期によって、最優先することは異なります。
スミレちゃんは、近くの小学校の支援級への入学が決まっていました。
支援級の体制は、学校や担任の先生によって対応にバラつきがあります。

まだ、ほとんどの行動の意味を理解できず、多くの指示を必要とするスミレちゃんは、
『学校にいる時間を過ごせるものを身につける』に焦点を当てて準備に追われた半年でした。

そんな中、無事に入学を迎えたスミレちゃん。
お子さんの成長の喜びをかみしめる嬉しい行事も、
その一方で、お母さんにとっては不安と心配も大きく、
どんなにか複雑な思いだったろう思います。

ぐりの教室での課題に深くご理解頂いているスミレちゃんのお母さんは、
スミレちゃんの担任の先生にもご協力をお願いなさり、
授業の時間の課題として取り組むことができたのですが、
やはり、内容の意図を理解してのアプローチなどを望むことは難しく、
一人でただ時間を消化しただけに終わり、本来の目的に達する前に飽きてしまったのでした。

また、スミレちゃんはミスに抵抗があり、
一つ一つの答えに対する確認が必要だったため、
学校で選ぶ課題にも、限られたものばかりとならざるを得ませんでした。
そんな単調な毎日でうんざりしてしまったのか、レッスンにも影響が出たような印象もありました。
仕方ないよね。。。

ぐりの教室のレッスンのプログラムは、プリントをはじめ様々な形態のものがあります。
生徒さん一人一人で使うものやアプローチは異なりますし、
理解に難航している場合は、同じテーマのものをいくつもの教材の中から選ぶことに
大変な時間を要することだってあります。
また、見合ったものがなければ作成もします。

どのご家庭でも 多様な教材や情報を気軽にたくさん入手できますが、
発達障害のお子さんが、理解できるように教え、日常で使えるまでに導くには
膨大な時間と労力、そして根気を必要とします。
また、教え方を間違えると事態を更に悪化させることもあり、
それが引き金になって、二次的な障害を引き起こし、
安易にやってしまう怖さも兼ね備えているのは事実です。

そして、スミレちゃんの小学校生活で、初めての大イベント、運動会。

「みんなが立って並んでいる中、一人だけしゃがみ込んで地面をさわってて」
と、静かにお母さん。

お子さんが一人だけ、周りと全然違うことをしている様子を
目の当たりにしたときのお母さんのお気持ちを思うと、
胸が痛んでなんとも声の掛けようがありません。
これまでにも、それなりに行事を経験してこられているとはいえ、
やはり、小学生になってからのお母さんへの衝撃は、
周りからは計り知ることができない程のものだと想像しました。

運動会をきっかけに、スミレちゃんは頻繁に耳をふさいで落ち着きをなくし、
お母さんと離れることにも不安を抱くようになったりと、
お母さんの心配をさらに募らせることとなりました。

自分の状態を認識しにくい小さな体は、かなりのストレスを抱えて疲れきっていたに違いありません。
それでもレッスンをお休みしなかったし、させなかったことには本当に頭が下がります。

運動会が終わってからは、小学校での生活の見通しも立ち、
ようやく、それまで手が回らなかった言語面にも 取り組むことができました。


2学期になると、1年生の授業の雰囲気もそれまでとは変わります。
交流学級で過ごす時間も増えてきたスミレちゃんは、
黒板を書き写すことはできても、その場で何かを学ぶということまでは難しく、
授業中に、立ちあがって外に出てしまうことが、
2年生の1学期くらいまで度々あったようでした。

ひとり言と空笑も目立ち始め、更にお母さんの心配も強くなります。
発達障害の特徴的な行動でもありますが、
スミレちゃんの場合は、言語を司る部分が活動を始めたこともあり、
手持ち無沙汰になると、すぐに好きなアニメが頭の中に思い浮かんで、
そのセリフが声に出てしまう状態でした。

3学期には、相手の反応というものを認識できるようになり、
自分の行動が、周囲から好奇の目で見られていることに気づいたり、
お友達の輪に入れてもらおうと話しかけると、シーンとされてしまい、
自分が受け入れられていないという雰囲気を、感じとれるようにもなりました。

誰かを意識して自分から関わろうとするなんて、今までにはなかったことですが、
当時のスミレちゃんの状態では、まだ幼い周りの子どもたちが戸惑ってしまうのも わからなくもありません。
その時のスミレちゃんを想像しただけでも、とても哀しい経験ですが、
こんなに早い時期に、スミレちゃんが『傷ついている自分』に気付けたことは、大きな収穫だったとも思っています。

また、その場に居合わせたお母さんの やるせない気持ちを思うと辛すぎますが、
子どもたちのことは子どもたちに任せ、
哀しい場面でも後ろから見守ろうというお母さんの姿勢に、
只々、頭が下がるばかりでした。

そして、1年生も終わりを告げる頃には、やり取りのパターンもグンと増え、
下のお子さんと話しながらおもちゃで遊んだり、簡単な質問にも答えられるまでになっていったのです。


それまでポワーンとした世界にいて、スミレちゃんがよくわからなかったものの最大の1つは、
お母さんを愛している、お母さんから愛されたい愛されている、という実感です。

ずっと、スミレちゃんに全ての人生を捧げてこられたお母さん。
思い描いていらした子育てとのあまりの違いに、どれだけ戸惑われたことでしょう。
大きくなっていくお腹とともに膨らんでいた夢や希望に満ちた生活から一変、
不安と苦悩でいっぱいの日々を送ることになられたお母さんの心中は、察するに余りがあります。

そのお母さんの惜しみない愛が、ついにスミレちゃんの人に対する関心を引き出したのです。

この頃からスミレちゃんは、お母さんへの執着、独占を意識し始め、
レッスンが終わってエレベーターのドアが開き、下のお子さんと一緒のお母さんの姿を見ると、
いきなりプリントを投げ出して脱走したり、うずくまって騒ぎ、
最後は「もうピアノ教室いかなーい!」と毎回大泣きしながら帰っていくということが、
かなり長い期間続きました。

やきもち。
本当は、もっと早い時期にやっていたことなのでしょうが、
スミレちゃんにもそんなときがきたのです。

このような状態が続くと、お母さんの心が折れてしまうことも多いのですが、
スミレちゃんのお母さんには、事態を正確にご理解頂くとともに、
本当に辛抱強く対応してくださったことにも深く感謝を申し上げます。

ここまでが、入学前から1年生にかけてのスミレちゃんです。
あの状態から本当によくここまでになったねぇ、そんな気持ちです。


2年生になったスミレちゃん。
支援級での予期せぬ『お姉ちゃん扱い』に戸惑ったり、
「一人でやりたい」が芽生えてお母さんをヒヤヒヤさせたり、
反抗期を迎えたかのような言動が一気に増加し、停滞するようなこともありましたが、
どのお子さんにも見られるような、健全な成長の経過を辿ってきました。

ぐりの教室でのレッスンでも、
学校生活の大半を交流学級で過ごすことを見据えたものに切り替わりました。

「筆算ができるなんて思いもしませんでした」

スミレちゃんは基本的な数の概念は、しっかりと身についており、
足し算引き算に関しては繰り上がり、繰り下がりも含めた文章題も理解してこなせます。

衝動的な同じミスを繰り返すことは減り、比較や見通しを立てて、
どうすればよいかを考えられるようにもなりました。
言語面、機能面の取り組みは、まだまだ続きますが、簡単な会話は成立しています。

両手に人形を持って人形劇のように遊んだり、
なにより、友達同士で家族ごっこをして遊べるということが大きな成長の証ではないでしょうか。

2年生の修了式に学校の先生から
「1年生の頃からみて、スミレちゃんが一番コミュニケーション力が伸びましたね」
というお言葉を頂いたと、晴れやかな笑顔のお母さんは とても印象的でした。


この4月から、スミレちゃんは3年生になりました。
授業の大半を交流学級で過ごせるようになり、ひとり言を発する時間も減る方向に進んでいます。

また、最近の小学校の授業は班ごとに話し合う活動も多いのですが、
スミレちゃんもその場に参加し、発表する役割などを任されて上手にこなしている姿などを通して、
お母さんの口から、スミレちゃんができたことのお話をお聞きすることが増えてきました。

「スミレの10年後の姿なんて描けない」と、
不安と焦りでいっぱいだった1年生の秋におっしゃっていたお母さん。

3年生での時点、5年生6年生での時点で、ぐりが目指している状態をお話しても、
そんなことは信じられない、想像もつかないといったご様子でした。
無理もありません。
それが一般的な親御さんの反応であり、事実、そうでない情報も多くあるのですから。

長く続けて下さったことで、これまでを振り返り、スミレちゃんの変化を実感して頂くことができたお母さん。
また、それがお母さんご自身をも肯定することにもつながり、お母さんの自信へとつながります。

成果を確信できて、お母さんがスミレちゃんに描くイメージも、
これからは、より現実的なものとなっていくでしょう。

その山に登った人だけが知っている景色。
思ってもみなかった豊かな生活、というのはあります。

これからは、スミレちゃんが自分の心に刻む感動と思い出を
ご家族皆さんと一緒にたくさん作ってもらうことが、ぐりの願いです。


この2年半、ここには書けないたくさんのドラマもありましたが、
スミレちゃんは見違えるほどの成長を遂げています。
学習面の伸びはもちろんですが、人とのふれあいに関心を持ち、
それに伴って わき起こる様々な感情は、
スミレちゃんの生活に大きなハリを与え、欠かせないものとなっています。

学校は適度にこなしてくれたらいいと考えている ぐりですが、
スミレちゃんが、ご家族や周りの誰かとつながることで存在する意義が生まれ、
自分で自分の存在価値を見出してくれるといいなと思っています。

「授業参観に行くと、最初は皆に馴染んでてどこにいるのかわかりません」
お母さんの言葉に、1年生の運動会でのことを話していたお母さんを思い出して胸が熱くなりました。

片道1時間の道のりを 週に何度も往復してくださるお母さんの後姿を
スミレちゃんが思い出す時も、そのうちきっとくることでしょう。
そして、スミレちゃんもお母さんのように、
思いやりのある素敵な笑顔の女性になってもらいたいと思っています。

「福岡に引っ越してくる前、もう、めっちゃ探しました」
そうおっしゃっていたお母さんを ふと思い出しました。

スミレちゃん、あなたに出会えてよかった。
お母さんのお陰ですね。
ぐりは、いつでもスミレちゃんを応援しています。

ありがとう♪

  


Posted by ぐり先生 at 21:00Comments(6)療育ピアノレッスン

やってやれないことはない

2015年05月01日

ゆーすけくん、3年生。
雨の日も、暑い日も寒い日も、お母さんが高熱の日も、
1時間近い道のりを毎週通い続けてくださり、3年目を迎えました。

入学式を目前に控えた頃、
初めて会った ゆーすけくんの状態を思い返すと、
いま、こうして座ってピアノを弾いている ゆーすけくんの姿には、
熱くこみあげてくるものがあります。

参照記事

それまでも療育センターで療育を受けてこられたのですが、
コミュニケーションは、ほぼとれない状態で、
常に意味のない言葉を発して自分の世界に浸るか、絶え間なく動き、
鉛筆でヒョロヒョロの文字を描くのが精一杯。

指をバラバラに動かすことなどとうてい難しいことでしたが、
ピアノを触ることと、歌やリズム遊びは、最初から大好きな生徒さんでした。

昨年の夏、初めてのピアノ発表会に参加してくれた ゆーすけくん。

ソロ演奏は、『山の音楽家』でした。
プログラムを紹介する ぐりに続いて、横から割り込み、「やまのぉーおんがくかぁー」と(笑)



ミュージカル『大きなかぶ』ではキュートなネコさんを演じてくれました。
孫娘、イヌさんに続いて一番後ろが、ゆーすけくんです。

レッスンを初めて程なくしてから、よく歌うようになったという ゆーすけくん。
ミュージカルの練習を始めてからというもの、
こんなにも歌や踊りが好きなのかと、改めて思わされる程にイキイキとしていました。

エコラリアが強いということもあり、
1年生の時からポエムの暗唱能力に優れていることは聞かされていましたが、
音声を聞いて記憶する能力は、特に秀でて
自分だけでなく、他の人のセリフまでも、あっという間に全て覚えてしまいました。

自分のセリフ以外を言わないという認識が難しく、
他の人のセリフも含め、全部言ってしまうところはABAを使って習得しました。

短期間での週1のレッスンと、全体練習が行えない中での難しい取り組みとなりましたが、
適正な療法を的確に用いることで、比較的スムーズに習得できた上に、
今まで目にしたことのないような、ゆーすけくんのキラッキラッした意欲的な笑顔の絶えない、
音楽で心が満たされた時間を毎週過ごせたように感じます。

本番当日のリハーサルで、初めて演技をご覧になったお母さん。
緊張気味の他の生徒さんたちの中で、一番大きな声で、表現豊かな演技を堂々とやってのけ、
ムードメーカーとなって、みんなに勇気を与えた ゆーすけくんに
感極まって思わず拍手をなさる姿に、ぐりも心が温まったことを覚えています。


特別支援学級で、1年生の学校生活をスタートさせた ゆーすけくん。
交流学級での授業参加を外されてしまうという、非常にショックな幕開けで、
お母さんは、やり場のない気持ちに苦しまれることが続く日々だったようでした。

子どものいたずらとはいえ度を越したものや、ケガをさせられるようなことも度々あり、
ゆーすけくんは、状況はわかっているものの、事情をうまく説明できない為に、
お母さんの心配や心労も余計に重なります。

ぐりが、最も危惧する点は、
ゆーすけくんが、一人のときに、
はたして自分で自分の身の安全を守ることができるのかどうか、ということです。

その為には、『何かしら言えて、少しでも指示が通るように』ということを
まずは念頭に置いて、レッスンに取り組んできました。

これは、どの生徒さんにも同じ思いですが、
いつも傍について、あれやこれや教えたり、守ってあげることができないことに、
やるせなさを感じることは多々あり、それは親御さんと変わらない気持ちです。
それだけに、一回一回のレッスンの充実を図りたいと考えています。

ゆーすけくんが、まだオウム返しもままならない頃、
トレーニングの最中、次の課題に移ろうとした ぐりの両手をとって、
「んんーー!!」と悲痛な叫びをあげながら、
まだ続けて欲しいと自分の方へ引き寄せた時のあの顔と声は、今でも忘れられず、
時々思い出すことがある程、ぐりには強烈な印象の出来事でした。

一見、知的に緩やかな成長のようでも、
話せるようになりたい、書けるようになりたい、弾けるようになりたい、
できるようになりたい、みんなと一緒にやりたいという思いは、人一倍強く、
また、それに向けて、ゆーすけくんなりの努力も尽くしています。

発表会を終えてから、本格的にピアノの練習を始め、
この半年のうちに、右手の指をバラバラに動かせて力強い音を出し、
楽譜の読み方も覚えてきています。絶対音感はさすがです!
利き手が自由に動かせるだけでも、生活機能はかなり上がります。

言葉も増え、随分とやり取りはできるようになりましたし、
文章を書いたり、簡単な計算はもちろん、
見通しをたてたり、比べたり、推測したりなど、
多様な課題にも取り組めるまでになりました。

初めて会った頃の ゆーすけくんからは、顔つきから何から見違える程です。

ゆーすけくんのそういった姿は、
お母さんの生き方に、本当にそっくりだと感じさせるところでもあります。

少しでも、ゆーすけくんの為になるのであれば
良いと思われることは、どんなに大変でもゆーすけくんに
というお母さんの愛と情熱は、ちょっと桁違いです。

「この子には頑張らせたいんです。頑張って欲しいんです」
発表会を終えた後に、ぐりの胸を打ったお母さんの言葉です。

あまり多くは相談したりせずに、一人で考え、
アドバイスや調べたことをもとに、ご自身でも黙々と頑張るお母さん。
地道な努力と費やした労力、時間は、他の誰にも引けをとりません。

「あの時はわからなかったけど、今ならこうだったのかとわかります」

自分の力で正面から向き合うからこそ、親子のつながりを強め、
障害の理解をより深めていけるのではないかと考えています。
自分の体験は自分のものでしかなく、その時に得た感覚を誰かが体感することはできません。
答えは自分の中にあり、自分でみつけるものだと思っています。

試行錯誤しながらも、真剣にたくさん数をこなしてきたからこそ、
「今ならわかる」という実感のこもった言葉につながるのです。

そして、「今ならわかる」の積み重ねが、
辛かった日々、必死だったあの頃のお母さん自身をも理解し、
慰め、許すことにもつながるのです。

あの時は、あれが精一杯だった、それでいいと思います。

不本意ながらも、これまでの環境だったからこそ、
たった2年で、ゆーすけくんが、ここまでの成長を成し遂げるまで駆け抜けられたのでしょう。
それは、ほかならぬお母さんの深い愛によるものだと、ぐりは思っています。

お母さんの自信と勇気、そして笑顔は、
ゆーすけくんが強く生きる力を培う大きなエネルギーの源となることでしょう。

白線の上を歩いてくれるといいなと思っていたけど、
今は、たまには白線を踏んでもいるし、歩いてることだってある。
今までは白線しかないと思っていたけど、
赤も青も黄色も緑もあることがわかったら、
ま、どこ通ってもいっか、と思えるようになる。
そのうち太い虹色の線をみつけるかもしれないね。

2年前、体験レッスンの時に
「その、発達障害だからっていう考え方をやめましょうか」と、声をかけるほど深刻だったけれど、
もう、ぐりが励ます必要はありません。
本当にありがとうございます。

ゆーすけくん。

あなたのお母さんは、あなたの才能の種をいったいいくつ蒔いたのでしょうか。
早いものは、芽を出し、葉をつけ始めました。
あなたが咲きたいときに、咲きたいように咲けばいいと、ぐりは思います。

ただ、風が吹いても、大雨が降っても、どんなに日差しが強くても
咲くことを諦めないでいてくれたら嬉しいな。

頑張れ。

ぐりは、いつでも応援しています。
ありがとう。  


Posted by ぐり先生 at 12:12Comments(8)療育ピアノレッスン

そして普通級へ

2015年03月31日

ドアを開けると凛々しい男の子の姿が。

リョータくん。

今月で、5年目に突入しました。

もう、『男の子』なんて言葉も似合わなくなりました。

すっかり声も低くなり、
今では「わかりましたか?」なんて、ぐりの方が彼の顔を見上げて言っています。


「なんだか卒業なんて実感が全然なくて」と、明るくおっしゃるお母さん。
ですが、ここまでの道のりは、それなりにいろいろあった訳です・・・。

参照記事:

2013/06/17



初めのうちは、よく泣いておられたお母さん。
レッスンの日は、心配されて仕事を早く切り上げて一緒に付き添われていたお父さん。

そんな時間も共に過ごしてきただけに、
いま、こうして清々しい笑顔で並んでいらっしゃるご両親お二人を拝見できて、
喜びもひとしお色濃いものでした。


卒業を目前に控えた頃、リョータくんと話をしました。

1年生から他校にある通級指導を受けていたのですが、
5年生になったあたりを境にパッタリ行かなくなりました。
もう、この頃には ご両親もレッスンはリョータくんに任せっきりでしたし、
以前、通級に行くことを人に知られたくないとリョータくん自身も言っていたので、
触れずにいたのですが、改めて聞いてみることにしたのです。

通級に行かなくなった理由の一つは、その学校の普通級の生徒さんたちから
「なんで よその学校の人が来てるんだ?」と、言われたからだと。

それは、リョータくんにとって、どういう気持ちで、どのような変化があったかを尋ねると、
「うーん・・・まぁ、クラスの人たちと触れ合うことが増えたし、友達もできて楽しかったです」
と、いう冷静な答えが返ってきました。

とても傷つく出来事だったと思いますが、きちんと分析して気持ちを処理できているようです。

避けては通れない、人との衝突をプラスに転じさせているのは、
ご両親のご理解があってこそだということは、言うまでもありません。

失敗しないようにコントロールすることも、確かに大切かもしれませんが、
失敗した時に、どう対処するかということの方向付け、見守ることの方が、
お子さんにとっては、自身の引き出しを増やすことになり、
有意義な経験になるのではないでしょうか。

結果として、哀しい出来事も、普通級で暮らすための良いきっかけに変えることができたのは、
ご両親の強い愛のエネルギーであり、
それがリョータくんにとって、『自分で選択、決断して行動する』という、
大きな一歩を踏み出すことにもつながったように思います。

その証拠に、5年生からのリョータくんは目覚ましい成長を遂げることができました。

そして、

中学校生活は普通級で送れることになりました。

判定の審査の先生から
「失礼ながら、小学生で通級の判定が出たということは、大変な状態だったと思います。
しかし、ハプニングがあっても、これだけ大人を相手にきちんとこれだけのことを話せるということはスゴイことだと思います。
こういうことはとても珍しいケースですね」

と感心され、その場で普通級の判定をもらい、あっという間に会場をあとにされたとのこと。

あの状態から、よくここまでリカバリーできたと、ぐりも本当に思います。

「もっと早くにやっていれば」「今ごろこんなことやってるんですけど」
リョータくんのお母さんが、よくメールに書いていらっしゃる言葉です。

どんなことも決して『遅い』などということはなく、気づいた時から始まります。
受け取る準備ができてはじめて、課題も見えてくるのではないでしょうか。

自分のやり方が間違っているかもしれないと、素直に見つめなおしたり、
新しい方法を取り入れることをおそれずにやっていくことを
何度も立ち止まりながら御家族で確認しあい、
目の前にある一つひとつのことに謙虚に取り組んで進んでこられてきた姿には、
本当に頭が下がります。

また、その経験と実績は、リョータくん、ご両親それぞれの大きな自信につながると共に、
時間を遡って過去の古い心の痛みも、きっと癒してくれることと思います。

過去は変えられないと言いますが、現在(いま)が変われば解釈のしかたも変わるため、
同じ出来事でも違ったものになると言われています。

そして、あるのは未来。

10年後、リョータくんが社会にでる頃には、
障がいに関して、もっと理解が深まっている社会になっていることを願いますが、
彼が、自分の発達障害のことを知り、いいカタチで自分への理解を少しでも深めていける日がくるといいなと思っています。


リョータくんからの お花です。

修学旅行で、決められた少ないお小遣いのほとんどを
「お世話になっているから」などと、ぐりのお土産に使ってくれたことがありました。
また、それを優しい笑顔で頷かれるだけのご両親。

彼には そんなところがあります。

メンタル面と機能面の確実な向上で、リョータくんも リアルな夢や希望を描けるようになりました。
卒業式では実行委員に立候補するなど、誰かの役に立つ喜びを知ったり、責任感や達成感も芽生えています。

リョータくんの強みは、礼儀正しさと気遣いができるところです。

読書量が増えたことと、御家族で大河ドラマやたくさんの映画鑑賞を楽しまれることにより、
会話の形式のストックが随分と増えました。

ネクタイを誰に結んでもらったか尋ねると、「恥ずかしながら、お母さんに・・」と照れていました。
難しい言い回しも、失礼のないようにという気遣いからですし、そのうち年相応になります。
美しい日本語が使えることは素晴らしいことです。

4年前、心配に明け暮れて、こんな日がくるなんて、思いもしなかった お父さんお母さん。
どんなときも、遠いところを通い続けてくださって、本当にありがとうございます。
お二人が、辛い思いをされたことも、リョータくんにどんなに愛情を注いでこられたかも、
ぐりは知っています。

ちょっとぐらい変わってていいし、むしろ変わっていた方がいい。

リョータくん自身が、『これが本当に自分らしい』と思える姿に辿り着けるよう、
ぐりは、いつでもリョータくんを応援しています。

リョータくん、あなたのような人が、私の生徒であることを心から嬉しく思います。

卒業、入学おめでとう。  


Posted by ぐり先生 at 15:15Comments(9)療育ピアノレッスン

ピアノで磨かれる感性

2015年02月16日

「ボクねぇ、冬休みはピアノの旅にでるよ!」


1年前の冬休みにそんなことを言っていたAくん、2年生。
新しくブルグミュラーを渡した時の言葉でした。
冬休み中に、今までのテキストを全部おさらいするというのです。
なんて素敵な表現なのだろうと、心が温まりました。


同じ音楽、同じ本、同じ映画・・何度も繰り返して味わうたびに、
また違った発見があり、さらに味わいが深まりますね。

毎週よく練習をしてくるAくんです。
発達障害の生徒さんの中には、リズムが弱いタイプがいらっしゃるのですが、
Aくんもリズムパターンをなかなか覚えられなかったり、特定のリズムを引きずってしまったりと、
全身で四苦八苦する様子がしばしばみられます。

年中さんから始めたピアノ。
以前の彼なら きっと怒って泣きだしてしまい、レッスン中断ということもあったでしょう。

それが今では、必死な面持ちで、
できるまで諦めずに何度も繰り返す姿が見受けられるようになりました。

「ボク、そのリズムね、家でやってみたの」
と、指示されていないことも、自分で思いついて行動する、
そんなことまでできるようにもなっています。

毎週必ず向上させてきたり、できない箇所への取り組みをみていると、
『練習』の概念や『教わる姿勢』が、すでに備わっていることがわかります。

と言っても、ここまでの道のりは一言では語りつくせない程、大変なものでした。

レッスン時間より長い道のりで、どんなに眠くてグズグズ言っても、
毅然とした態度で、毎週Aくんの手を引いて連れていらしたお母さん。
毎日の練習の働きかけや、日々の徹底したフォローと見守りの積み重ねがあってこそです。

参照記事

この4年半で、Aくんの様々な機能の向上がみられます。

「ボクねぇ、学校の聞きとりのテストでねぇ、100点だったんだよ。
100点は、クラスでボクだけだったの」


ハニカミながら教えてくれたことがありました。

発達障害の特性上、聞きとるチカラが弱く、そのせいか、会話には困らなくても、歌うときは歌詞が出てこなくて、
最初の頃、歌の時間はいつも怒ってすねていたAくんの顔や、
初めて聞き覚えできた「パパバナナ、ママバナナ、コバナナ」と、
嬉しそうにずっと繰り返しながら帰っていく様子を懐かしく思い出されました。

今では絶対音感もついて、音色の微妙なニュアンスまでも拾い、
できる限り再現しようとするまでになっています。

曲の仕上げの段階では、ぐりもついつい熱が入ってしまい、
厳しい要求をしてしまうことがあるのですが、そんな時もガッツでついてきますし、
寧ろ、そういうときほど何かが通じ合った感じがして、
お互いに顔を見合わせてすがすがしく笑い、颯爽と帰っていくAくんです。

遊びの延長線上にある練習

ピアノに必要とされる基本的な運動機能が身に付き、面白さもわかってきたAくんからは、
どこかそういったものを感じさせられます。

自分でルールを設定して取り組んだり、
お母さんと決めたルールを工夫して乗り越えていくことを真剣に楽しむこと。

それが、単調な中からの新しい発見、
真似からの理解へと、物事の本質を深く探ることにもつながるのではないかと思うのです。

幼いころからのそういったものの見方や考え方は、遊び心やユーモアを養い、
将来、Aくんが、型にはまることなく、
自分のスタイルを確立していく基盤になるだろうと考えています。

どこかしら敏感
どこかしら人とちがう

弱みでもあると同時に強みでもあるそれらを
個性や自己表現として活かすために築き上げていく作業は、
社会に出るための道具をひとつひとつ手に入れていくようなものです。
早期に入手したものは、固定観念にとらわれず、
臨機応変に使いこなせるようにもなるでしょう。

Aくんとは、いくつか不思議なエピソードがあります。

それは、16年飼っていた愛猫が命を終えた翌日のことでした。
いつも通りにレッスンを終え、帰り際にトイレに行った当時1年生のAくん。
ごきげんな鼻歌が聞こえます。

「ふうーん。猫は、もう生き返らないんだよねー。ふっふふーん」

・・・ 一瞬、耳を疑いましたが、確かにそう言ったのです。

Aくんは、それまでに ぐりの猫を1度も見たことはありませんし、
もちろん猫が死んだことも一切話していません。

さらに鼻歌のボリュームを上げ、
トイレから笑顔で出てきたAくんに改めて問うことはしませんでしたが、
その晩、主人と二人、癒えぬ哀しみと介護の疲れに深く沁みた、
心温まる出来事となったのでした。

ぐりは、普段通り平静のつもりでしたが、
『いつもとは微妙に違う何か』を Aくんが敏感に感じ取ったのかもしれません。

それを『ひらめき』とか『直観力』と言ったりするのでしょう。

頭に浮かび、そのまま口にしたことの中には世間的に受け入れられ難いものもありますが、
人との摩擦を重ねることで引き出しを増やし、内面の成長を促せるのではないでしょうか。
それならば、理解を得られ、スグに適切な処置を施せる安全な場所の方が安心です。
ヒヤヒヤなさるお母さんの気遣いに、いつかAくんが気付く日がくるといいなと思います。

今後、Aくんがたくさんの経験を積み、質の高い感動体験をすることで、
その発想力は、より一層磨きがかかることでしょう。
それは同時に、たくさんある情報の中から取捨選択する能力を高めることでもあります。

努力に勝る天才なし
経験に勝る知識なし

Aくんにピッタリな言葉だと思います。
そして、それはお母さん譲りだということは、特筆するまでもありません。

マナーや礼儀、 練習の段取りや、何を要求されているかを読み取る、
それに向けての意識や行動、そこに伴う感動やふれあい

いま、Aくんは、社会で必要とされる多くのことをレッスンから吸収しています。

この先、成長の過程で苦しいこともあるかもしれませんが、
その時にこそ、ピアノで培ったものを活かせるようなたくましさを身につけてくれたらと願います。

ブルグミュラーに進んでからの、この1年のAくんの音楽的成長が、
お母さんにとっても、今までの努力が報われて、1つの自信につながることになれば、
それもまた、本当に心から嬉しく思います。

Aくん
ぐりは、キミの全く嫌味のないストレートな言葉にハッとさせられることがあります。
どうぞ今のまま、感じたことを自分の言葉で表すことをおそれずに。
また、言葉にできないときは、自分で音にしたり、音楽を選ぶことで気持ちを表現してください。

表現力をつけることは、人からの理解を得られ、つながりを深められることにもなります。
あなたの素晴らしさが、一人でも多くの人に伝わることを
ぐりは、いつも願っています。

ありがとう。  


Posted by ぐり先生 at 15:38Comments(7)療育ピアノレッスン

実りの秋 発表会の収穫

2014年10月20日

9月の終わりに、かつきしょうへいさんのブログに、発表会の写真を少し載せて頂きました。

何人か並んでいる中で、パッと目を惹く人ってドコにでもいますが、
やはり、たくさんの人を写していらっしゃるプロの方が選ばれたものも、
ぐりには頷ける理由のある生徒さんたちでした。
「笑顔が素敵だった」とのことです。

発表会に向けて、音楽的に厳しいレッスンを課した生徒さん二名が含まれていたことに笑ってしまいましたが、
容姿や演奏技術、そういったものではなく、日々の暮らしにより形成された
内面から溢れる『きらめく何か』が、カメラの一瞬に収められたのだと思います。


そのうちの一人でもあるトオルくん、5年生。
『発表会の写真 こぼれ話』にも書かせて頂きましたが、
発表会を終えても尚、彼の躍進はとどまるところを知りません。

それどころか、向上心の塊のように、
毎週意欲的にレッスンに取り組む姿に驚かされます。


『競争』

発表会で他の子どもたちと触れ合い、同じピアノを弾く姿を目にし、
非常に限られた狭い中ではあるものの、
自分の中での『上手な人ランキング』のようなものに目覚め、
「ピアノだったらボクでも」と、大きな自信がついたのか、
初めて見せる、他を意識した『負けたくない』という顔。

トオルくんのスゴイところは、『他』が『自分』だというところです。奥が深い、、、
頑張ったのも自分、手を抜いたのも自分
精神は、修行僧そのもの・・・(汗)

そして、メンタル面の向上に伴いピアノが上達するにつれて、
トオルくんの様々な機能面も格段にアップしています。

ぐりのレッスンは機能訓練も兼ねているので、独特ですし、ハードでもありますが、
トオルくんは、本当によくついてきます。

そのせいでしょうか。
トオルくんの隣に座っていると、言葉では表せない前向きなエネルギーを感じ、
また、それをもっと強めていける、というような、ワクワクする不思議な気持ちになり、
毎回時間があっという間に過ぎてしまいます。

先日、そのことをお母さんにメールでご報告したところ、次のようなお返事を頂きました。


実は、お伝えしようと思っていたことがあり、
それが先生が感じていらしたことと近い話で、ビックリです(笑)

5年生になってから、学校の授業進度についていくのは大変になったという事実がありながら、
何かはわからないけれど、なんとなく『いい感じになってきた』と私が感じていて、
それを病院で発達を診てもらっている先生に話したところ、検査をしてみましょう!と。

で、夏休みに検査して先日私一人でその結果説明を受けたのですが、
先生の第一声が、 「非常に興味深い結果でした」と。

簡略すると、凸凹が小さくなった のです。
トータルのIQは1年前より少しさがっているものの、それは特に問題視することではなく、
凸凹が小さくなったってことが、本人にとって非常に良いことだと。

何かしましたか?と尋ねられたので、ピアノ・・・と、ちっちゃい声で答えました(笑)
・・・その先生にも長いことお世話になってるので(汗)

時間をかければやり遂げられることを、
本人が発表会で確信したことで、さらにやる気に火がついた感じもします。
その力を持って、彼の大好きな競争社会で(笑)がんばってほしいと思います。


もうすぐ丸2年。
ブログには書いていない道のりもあるわけでして。

何かをやり始めたときに、なかなか結果が得られなくて、ある時、突然につながることがあります。
英語とか、自転車なんかがわかりやすい例えでしょうか。
ソコにたどり着く前に不満を言ったり、諦めてしまうという人も少なくないと思います。

トオルくんが、本当に実力をつけていると感じさせるのは、
彼が自発的に一人でコツコツ練習し、言われたことを素直にそのままやるというところです。

習得までの回数が多いのが、発達の面からくるものなのでしょうが、
トータルのIQが少し下がったのも含め、活動エネルギーの消耗も大きく関係していると思います。
それに自力でやっているのですからね、見守るお母さんも素晴らしいです。

そういった部分を補い、工夫してこなす方法を トオルくんと練習しています。

それらが日常でも反映されるように。
そして、少しずつ成果が見えてきています。

記憶力、想像力、表現力、瞬発力、バランス機能、協調運動、視覚、聴覚、指先の感覚・・・
トオルくんはレッスンで、数値には表れないたくさんの能力も身につけました。
伸びしろは、まだまだ未知数です。


トオルくんの将来に、嬉しい誤算で(笑)新たな希望が膨らみ、さらに忙しくなったお母さんです。

ご自分は無理してでも子どもの為に、という親御さんのお気持ちには、
本当に頭が下がりますし、できる限りのことをさせて頂こうと思います。

「ピアノで良くなった」と、言われることは、ぐり自身とても嬉しく有難いことですが、
困難の多いお子さん程、それまでにも多くの方々が関わっています。
その方々の支えがあってこそ、トオルくんと巡り合えたのだと、ぐりは思っています。

お母さんの、そんな方々への細やかな気遣いも、お人柄を感じさせるところですね。


最近、縄跳びもできるようになったトオルくん。
ほんの数年前まで、足の長さを調整する装具を付けていたなんて、
今のトオルくんを見て、誰が想像できるでしょうか。

やってみたい、やってみよう
どうすればできるかな、できるまでやろう

そんな気持ちは、トオルくんの何にも代え難い大きな財産となっています。

レッスンで培った『学びの種』は、
能動的な知的好奇心、探究心、活動をしっかり支える根を生やし、
理解を深めることで、本当に世界にひとつだけのトオルくんの花を咲かせることでしょう。
とても楽しみです。

トオルくん、ぐりはいつでもトオルくんを応援しています。

ありがとう♪
  


Posted by ぐり先生 at 23:58Comments(7)療育ピアノレッスン