個人レッスンの醍醐味

2014年12月04日

もうすぐ丸4年を迎えるアッコちゃん。

大きな設備会社の事務として、
5日おきの締めに忙殺されそうになりながらも、
いつも残業の合間を縫って、仕事帰りにコツコツと地道に通い続けてくださいます。



「ちょ!!もう、ぜんっぜん練習してないけん!!」
と、強めに言葉を吐き出して、おもむろに弾き始めたブルグミュラーの『バラード』

途切れることもなく、とても躍動感のある素敵な演奏でした。
ぐりが聴いた、今までのアッコちゃんの演奏の中で、一番最高の表現でした。

そう。
ついにやってきました、アッコちゃんにも。

ゾーン体験

バッターボックスに立った野球選手が「球が止まって見える」とかいう、アレです。

『練習していないから、弾けなくてもいいか』というリラックス。(←よくないです 笑)
『真剣にレッスンを受けよう』という緊張。
『ぐりが勝手にアッコちゃんのレッスン基準を引き上げて1年』という技術向上と精神の一体化。

2分とない、あっという間の短い時間でしたが、
諸々のコンディションなど、全てが整った瞬間の出来事でした。


劇画タッチの記事に続いて、今年2度目の体験です。スゴッ!
前回は、弾き終えたと同時に「ワァーッ!!」と大興奮でしたが、
今回は、感動というよりも静か。

「あれ?なんか弾ける。指が勝手に動く、あれ?ココ間違えんで弾けた、とか思いよった」


高揚と冷静が同居する不思議な感覚。

味わった人だけがわかる、この特別な感覚の積み重ねが、
ピアノを弾く喜びとなり、さらに充実した生きる喜びにもつながると思っています。

ぐりの生徒さんたちの中には、こういった感覚を知っているお子さんが何人かいます。
そういうお子さんたちは、『どこを目指せばいいのか』が、わかっています。
本物、いいものを知るという意味は、ソコにあるのではないでしょうか。


今年にはいってからのアッコちゃんの演奏は、ガラリと変わりました。
以前までの楽譜の音を鳴らすだけの演奏から、表現、タッチ、音色に至るまで、
かなり厳しい要求をするようにしました。

劇画タッチの記事にも少し書きましたが、
それまでのレッスンは形式的に1曲終わると、それで終わり。
1個目の積み木を置いたら、2個目の積み木は上に重ねるのではなく、
1個目を横にずらして、その場所に新たに2個目を置く。
3個目4個目と、それをずっと繰り返すような感じでした。

それも悪くはないけどね。
「この曲、もう1か月した?あ、終わり?終わり終わりーっ!はいっ次」
いったいこの人は、いつまでこんなことを続けるのだろうか・・・。
そんなことを思いながらの4年目。

「取り組み方が変わったってのは、わかる。だって、先生、途中で立ち上がるっちゃもん!!」

いつもの軽い感じでやりすごすような箇所も、千本ノック的に集中特訓。

それまでとは違う真剣な表情も見せてくれるようになり、、
負けず嫌い精神に火がついて、弾けるまで何度も何度も挑戦する様子が増えました。

ごめん、ちょっと熱くなりすぎたね・・・という時も、
「楽しかったー!おもしろいねぇ」
と、以前のレッスンでは耳にすることのなかった、そういった言葉をお聞きするようにもなりました。

今では見違えるような上達ぶりで、
ぐりと同じように盛り上がったり、息をひそめたりしながら
音楽の空間を共有する喜びを楽しんでくださっています。


初めてアッコちゃんに会った人は、その強い個性的な空気感に圧倒される方も少なくないでしょう。
ぐりも、その一人でした(笑)
でも、話してみると、その強烈なエネルギーが、一瞬にして彼女に対する興味深さへと変わる、不思議なキャラクターをおもちです。

そんなアッコちゃんが、ピアノを始められたのは、お父さんがご病気で亡くなられてから半年のことでした。

最初は、そんな話は全然聞かされておらず、
今と変わらず、ドアを開けたその瞬間から互いに噴き出すような、朗らかな生徒さん(笑)

その夏、『初盆』という言葉を聞いて、初めて事実を知り、
いつも笑いの絶えなかったそれまでの日々を振り返って、ぐりは大変なショックを受けたのでした。

話がそれますが、
昨年の夏、ぐりは、首から下が動かなくなった愛猫を1年半の介護の末、看取りました。
学ぶことも多く、機会があれば、そのうちブログにかくこともあるかもしれません。
猫がいなくなった次の日からも、いつもと変わらずレッスンの日々でしたが、
出会った頃のアッコちゃんのことを考えたりもしました。

その話を笑顔で静かに聞いてくれたアッコちゃん。
「でも、そんな大変な感じとか、手ぇ抜いてるとか、全然なかったよ」との言葉にホッとしたとの覚えています。

火葬した後、初めて目にした猫の骨に、不謹慎にも感動の声をあげてしまった話をすると、
アッコちゃんも、お父さんの骨のあまりの白さに、哀しいけど感動して興奮したそうで、
しんみりした空気も、すぐにいつもの笑いに変わったのでした。


「お父さんが亡くなる前に、
“あと10年生きたい、まだやりたいことがたくさんある” 
って、ずーっと言ってたのを覚えてて、そうか、悔いの無いように生きないけんなーっ て思って。
それで、テレビでピアノが入ったきれいな曲を聴いて以来、いいなと思っていたピアノをやろう!」


と、始められたピアノ。

「あの時、なんで先生のところに問い合わせられたんやろ?チョー人見知りなのに(笑)
今の私には、あの時みたいなエネルギーがないっちゃんねー。
やっぱり、お父さんがココに行きなさい!みたいなのが、あったのかなぁー。
まだしつこく通うけん!よろしくお願いします。ふふふふふ」


なんて。

いえいえ、ぐりの方が、アッコちゃんのお父さんからアッコちゃんを介して
いくつになっても素直で謙虚に学ぶ姿勢を持ち続け、
自分を律して、諦めないことの大切さを学ばせて頂いています。


いつもブログを読んでくださって、「あの男の子、ホントに良かったねー」なんて言って、
まるで自分のことのように喜んでくださるアッコちゃん。
とても繊細で慈愛に満ちた人だなぁと感じます。

そういう何気ない一言に、アッコちゃんの人柄を感じさせ、
また、それもお父さんから受け継がれた、たくさんのものの中の一つだと思うと、
いつでもそばに、大切なお父さんを感じられますね。
きっと、アッコちゃんがピアノに取り組む姿に、お父さんも喜んでいらっしゃると思います。

「私は変わってない」と、アッコちゃんはおっしゃるけれど、
音が変わる、演奏スタイルが変わるということは、自分では気付かないことも多々ありますが、
良くも悪くも意識が何かしら変わった、ということなのですよ。

アッコちゃん
最近のあなたのピアノは、少し控えめではありますが、意思を持ち、とても美しく柔和な響きがします。
会社で憧れの女性上司のようになりたいとおっしゃっているけれど、
今のあなたなら、きっと叶うでしょう。
忙しくなると眠れなくなるそうですが、体に気をつけて頑張ってください。

ぐりは、いつでも応援しています。
ありがとう。  


Posted by ぐり先生 at 18:53Comments(8)大人のレッスン

劇画タッチ

2014年02月24日

アッコちゃん。
ぐりの教室に通ってくださるようになって、4年目に突入です。
『森のくまさん』を突っかかりながら弾いた後に
「あー、くまさんに出会えんやった、って感じやね。
楽しくスキップしよったら、ハッ!もう森を抜けとるやん?!ヤバイっ!(笑)」
ってアッコちゃん。
「しょーがない。じゃ、戻ろっか・・・」
どれだけ想像力豊かなんですか(笑)

「3・・さ、さん?!3でミ・・・ミ、ミ、ミー、ミがないっ!!あった!!5?・・5でソーー!!」
「ミファソラ・・・あら?指が足りん?!3・・えっと、123・・できたっ!」
まるでツイスターゲームです(笑)

なんて、大騒ぎで笑いっぱなしですが、聞くとやるとじゃ大違いです。

大人になってから新しいことを始めるって、けっこう大変です。
思いを行動に移すだけでも素晴らしいし、ずっと続けるってことが何より難しいのですから。

だけど、アッコちゃんのこの弾き方では、数字を音に置き換える単なる作業。
この作業を繰り返してブルグミュラーを進めるだけで、
新しい曲になると、前の曲のことは、すっかりなくなってしまいます。

積み木を積み重ねるのではなく、
いつも同じ場所にひとつ、次にソレをよけてまた一つ置く感じでした。

頭の回転が速く、気の利いた切り替えしもしてくれるので、
それはそれで楽しいレッスン時間ですし、
趣味のピアノですから、本当はそれだけで十分なのかもしれません。

イメージする才能は、人並み以上のアッコちゃん。
それを音楽というカタチに変えて、誰かに『自分』を知られることへの『照れ』が、非常に強いのだろうと思います。
また、そんな真面目な自分を想像するだけでも、こっぱずかしくなって、
いてもたってもいられなくなり、自分を落ち着かせる為に(そうなのか?)笑ってしまうのでしょう。

『照れ』は、『不安』や『自信のなさ』なのかもしれません。

こんなこと言ったら、相手に嫌な思いをさせないかな・・・
どうせ言ってもわかってもらえないかも・・・

いつも心の中で続く葛藤。

「大丈夫!私は強いから!」なんて、いつも明るく笑って言うけど、
本当は周りに気を遣いすぎて、いつも自分の感情を後回しにしてしまうことをぐりは知っています。
アッコちゃんが自覚している以上に身体に症状がでていて、とても心配です。
参照:<過去記事> 『文系ピアノ』


気分転換のつもりが、肩が凝って余計に疲れる
アッコちゃんの自宅での練習の感想です。

●目線を動かすのに頭を大きく動かして、楽譜と鍵盤を往復させるし、
指の番号を読んで、音に置き換えてから場所を探して指を動かす
これをひとつずつコマ送りのようにやっていたら、疲労感しか残らないでしょう。

もうね、情報量が多すぎなのです。
「ハイ!手を見るの禁止ー!」

●途中で間違えたら、決まったとこからしか入れない。

これは慣れもあります。
二人で別々のとこに指差して押し問答、ぐりは絶対譲りません(笑)
「ここからイイ?」
「ダメ、ここから」
「えー、ココからがいいよぉー!」
「うーるさいうるさいっ!こーこーかーらだっつーにっ!」

●何度弾いても同じところで間違えて弾きなおす癖。

これはね、癖なのです。
「ハイ!今からここだけノーミスで10回ねーっ!」
「マジでえーー!!」
「ハイ間違えた!あと10かーい!」
「えええええ???!!!!」

習い事をしたことも、部活動もしたことがなく、学校もなんとなく行っていたとうアッコちゃん。
個人の気質や能力、育った環境など、諸々の事情による差はあるのでしょうが、
真面目で頑張り屋さんなのだけど、練習の仕方のコツや要領を得ていないように感じます。

お仕事でも同じようなことが思い当たらないかと聞くと、
「はぁぁあああっ!!そおーっちゃん、私そげんあるとー!!!」って、、
勉強、仕事、家事、なんでも取り組み方は共通項を感じさせますね。

でも、隣で見ていると、段々手ごたえを感じているのか、
「あーっ!」とか言いながらも、挑戦する気持ちが膨らんでいるのが伝わってきます。

失敗しても、止めずに何度も何度も繰り返す作業で、自分で少しずつ変化を感じられ、
「絶対弾けるようになりたい、もっと弾いていたい」という意欲が湧いてくることがあります。

「できた!!途中でエアコンの音とか聞こえんくなって、
ピアノの音だけがして、楽譜だけ見えて、集中してるー!!
って、瞬間があったっちゃん!!!」


ついにきました、アッコちゃんにもその時が。
自分の身体で感じるものだから、こればっかりは伝えられない『その感覚』
味わったことのある人だけにわかる『その感覚』

今までで一番音楽的に、そして初めて自分の思い通りに表現できた日

「あたし、運動嫌いっちゃけど、
たくさん歩いた後みたいに、スッキリしとー!!」


気分を高揚させたまま笑顔で足取り軽く、レッスンを後にされたのでした。

できるまでやってみたり、「できた」って、素直に喜ぶ経験が、
子ども時代のアッコちゃんには少なかったのかもしれません。

「私って、結構できるやん!」
冗談まじりに言うアッコちゃんの嬉しそうな笑顔は、今でも忘れられません。
またひとつ、アッコちゃんとわかりあえた、そんな嬉しいエピソードでした。

言葉では伝えられないもの。
それを共感できたとき、距離が一層近くなるように感じます。

ピアノを弾いていて、ぐりが体験した不思議な感覚。
少しでも伝えられたらいいなと思っています。

『劇画タッチ』というタイトル、
そう、コミカルなアニメで時々キャラクターがゲージツ的に描かれたりすることありますよね。
ぐりは、秋からアッコちゃんの様子を見て決めていたのでした。
この過去記事の写真と見比べていただければ、
一目瞭然かと思われます(笑)
参照:<過去記事>『大人のレッスン風景』


いつも楽しい時間をありがとう♪
ぐりは、いつでもアッコちゃんを応援しています。

  

Posted by ぐり先生 at 18:53Comments(9)大人のレッスン

『椅子』の上にも三年

2013年06月02日

「はい!なんかできると思います♪」

4年目にして、ようやくそんな言葉を口にしてくださるようになったリエコちゃん。
ぐりの教室にいらっしゃる時は、『そらちゃんのお母さん』ではなく『リエコちゃん』です。
子どもの頃から習いたいと思っていらしたというだけあって、
お仕事と家事をこなしながら取り組む姿勢には本当に頭が下がります。

お子さんと一緒に習い事をする。

このことがお子さんに与える影響として非常に良いポイントは、
第一子のお子さんや、ひとりっこの生徒さんにとっては
目の前でお母さんがピアノに取り組まれることで
ピアノを弾くことや、レッスンのイメージができるということです。

ごきょうだいの下のお子さんたちが、真似してどんどんやっちゃうのと同じ原理ですね。

家でお母さんが懸命に練習する姿やレッスンを受ける態度などを目にするということは、
何より優れたお手本になり、アレコレと口で言うよりも伝わりますよね。


さてさてリエコちゃん。
クラシックらしく、楽譜にとても忠実に取り組む姿勢は、
ぐりも見習わなければなりません。

最初の2年くらいはレッスン中ずっと緊張しっぱなしで、
「まるで息継ぎなしで泳いでいるみたいだね(笑)」って、
いつも言っていたのを覚えています。

リラックスするように言うと、
リラックスしなければー!!と、余計に頑張るみたいな(笑)

「わたし、こんなにまで緊張するようなことってなかったのに・・・」

ぐりも同じような経験があるので、リエコちゃんの気持ちはよくわかります。
子どもの運動会のリレーで転んでるお父さんみたいな感じ
といえばお伝えできるでしょうか。

頑張れば頑張るほど、どんどん遠のいていくような焦燥感。
間違えることへの強いプレッシャー。
どんな褒め言葉も「え、そんな・・・私なんかが」と思っちゃう癖。

とてもとても自分に厳しく・・
厳しすぎるリエコちゃんご自身が、自分を追い詰めてしまっているようにみえていました。


もっと、自分のことを好きになってもいいのかもしれんね♪
間違える自分、上手くいかない自分、いまの自分が許せないのは、
他人の目を気にしているのかもしれん。
限られた狭い中での人の評価に振り回されなくてもいい。
たくさんの価値観にふれると、それだけ頑張って努力してるのだから
『それもアリ』だと言ってくれる人がたくさんいるはず。
時間がなくて出かけられなかったら、映画や音楽とか本で、人の価値観に触れることもできるよ。
ま、ぐりの方がリエコちゃんより先に生まれて、経験済みからの感想だけどね♪

レッスンが終わって宿題をしながら、そんな大人の話のやりとりを聞いているそらちゃん。


そして、大きな転機となった激動の3年目を迎え、
いろんなことへの気付きから、毎週よく涙を流されていました。

『涙はこころの汗』だなんてことをよく聞きますが、
涙のぶんだけ、リエコちゃんの顔が穏やかになっていくとともに、
そらちゃんの笑顔も増えていきました。
お母さんの涙って、結構ショックだろうけど、いろいろ感じることがあったに違いありません。
今ではなんだか、いい距離感の二人になっています^^


30歳を過ぎてバレエに夢中になったという女優の小西真奈美さんが、

三十歳にもなると、いろんなことに『なれあいになってきて』新鮮さが薄れてしまう。
だけどバレエをやってるときは、
いつも初心者、いつだって初心者のような緊張感のある気持ちになれる。
日常を忘れさせてくれ、踊る喜び、生きる喜びを呼びさましてくれる。
もう、ワクワクします。

と、キラキラした顔で話していたのをみたときに、
リエコちゃんの顔を思い出しました。


今でもレッスンで、いっぱいいっぱいになって
帰り際には無口になっていらっしゃることもあるけど(笑)
ブルグミュラーに進んでから、曲を弾く楽しさ、聴く楽しさを感じられるようになり、
以前と違って、とても楽しく笑いのある充実した時間になりました。
どれだけ練習なさっているのか、ものすごいペースで仕上げてこられます。

「ピアノって、(こころの中が)いろいろでますね。深いですね・・・はぁー。」

って(笑)


『生徒さんの親御さん』ではなく、
『ひとりの生徒さん』としてだからこそ、感じること、見えること、話せることもあったと思います。

大人になっても成長し続けられて、自分を変えることってできるんだな
と、リエコちゃんから強く勇気付けられました。


いろんな人の話を聞いているのは、ぐりではなくて、ぐりのピアノなのかも。
そして、ピアノを弾いている人の心をうたい、なぐさめ、励ましているのかも。

最近そう感じるときがある。

なんでも知っている、ぐりのピアノ。

大きな古時計みたいだね(笑)  

Posted by ぐり先生 at 18:37Comments(6)大人のレッスン

耳よりなはなし

2013年03月31日

『良い耳』というのは、単に音の高さやリズムを聴きわけるだけでなく、 
音の微妙な表情を聴き取ることができるということでもあります。

これは言語にも共通することです。

例えばお母さんが赤ちゃんの泣き声で、
お腹がすいたのか、オムツを取り替えて欲しいのかを聞き分けたり、
「ただいま」の声の調子で、何かいいことがあったのか、その反対なのかを聞き分けたりと、
具体的に示してみると、私たちが日常でもやっていることです。

改めてそう思うと、音楽をまた違った聴き方ができるし、
敬遠していたジャンルも、少し身近に感じられるかもしれません。


そして『良い耳』を育てるには、たくさんの音楽を聴くということはもちろんですが、
幼少期の経験や訓練も大きく関わってきます。

7歳までにピアノを初めた人と、7歳以降に初めた人とでは、
前者の方が聴覚野の神経細胞の数が多いことが知られています。

そしてもう1つ、良い耳を育むためには、実際に自分の身体で楽器を演奏することにあります。
自分で演奏するということは、自分で出した音を自分の耳で確かめるということです。

ピアノを習っている人で「耳が良い」と言われる人は、
単に音楽を聴くだけでなく、聴いた音の微妙なニュアンスを自分の指でタッチをコントロールしながら、
その響きを再現できているかどうか、自分の耳で確かめることができる
ということになります。

いわゆる耳コピーですね。


耳が良い人は、語学の習得にも活かせます。


英語が素晴らしく堪能なミユキちゃん。

「なんか、あ!!私上手くなったー♪って気がします(*ノ▽ノ)」

って、最近毎回レッスンのたびに嬉しそう。

未経験からの1年半にして、素晴らしい演奏力と表現力でもって、只今ブルグミュラーを猛進中です。

それもそのはず、英会話で鍛え上げられた耳をお持ちなのですから。

ぐりが「こういう解釈で弾くと…」と弾いてみせると、
「え?同じピアノ弾いてるのに全然違うなぁ」なんて言いながらも、
細かい表情までよく聴き取って弾けていることがわかります。

お見事!!

演奏技術が上がってくると、解釈も深まり、
ついつい上級者に求めるようなことを言いたくなります…というか、言ってるか(汗)

素直さと理解力を持ち合わせた人は、どんどん吸収しますね。

そして、何よりも『経験』が音になって表れます。
読んだ本、観た映画、聴いた音楽、人とのふれあい…
五感で感じてきたものが、『その人の音』を紡ぎます。

ミユキちゃんの感性は素晴らしい。


ピアノを弾く時のさまざまな動作によって、脳の機能する部分も異なります。
教え方次第で、いろんな機能を鍛えていくことが可能になると考えています。
知れば知るほど興味深いです。

ピアノのレッスンを集中して受けた後や、
耳コピーを集中して何時間もやった後に誰かと喋ると、カミカミになります。
そしてランナーズハイにも似た、なんだか妙なテンションになります。

言語を司る脳の部分と同じだなぁと実感することができます。

先日のレッスンで、その状態になっていたミユキちゃん。

お仕事帰りで疲れているだろうにも関わらず、レッスンに集中して頂けたのかと思うと、
ぐりも感無量!!ありがとう。


「こどものブルグミュラーって表紙に書いてるから、もっと優しいのかと思ってたけど、
そんなに優しいってわけでもないんですね」

んー・・・『こどもの』って書いてるけど、
大きめに印刷されてるだけで内容は同じだから(苦笑)
それに、ちょっとずつちょっとずつ高いこと要求してるから、きっとイタチごっこよ。。。

「あはっははは!でも、先生ってチョット頑張ればできそうなことしか言わないでしょ?」

えっと・・・結構高い要求をしてるんだけどね(汗)
私もザックリだけど、それをさらに上回るポジティブなアナタがそう思っているだけで・・・

「え・・・それって・・・。」


プハハhhッハハhhッハッハhッハッハッハhハハッハ!!!!!!!


その空間で、同じ感覚を共有した者同士だけが味わう充実感。

音楽を介して言葉では説明できない 互いの人となり を知る。

たまらん♪  

Posted by ぐり先生 at 21:22Comments(3)大人のレッスン

二十年後

2013年01月05日

「れんしゅうしてきたよ!」 「あのね、きのうも そのまえも、あ、来る前もれんしゅうしたんだよ!」

最近ぐりの教室のチビッ子たちが、口々に言うようになりました。
どうしたんだ・・・調子狂うな。

(,,・`ノo・)<そんなに急いでうまくなんなくていいから。せんせいのお仕事なくなっちゃうじゃん。
あんまり練習しないほうが、チョーーーうまくなるんだよ!!

「うそやん!れんしゅうしますよーーーーだ」

なんて。


昨年のミニコンサートの後に、元教え子から連絡をもらって会う機会がありました。
ぐりが先生1年目、当時の生徒さんの中では最年長で
5年生から高校2年までレッスンしたアユコ。

ま、先生ってのは誰しもそうなのかもしれないけど、
ぐりも若かったせいもあり、ぐりがやってきたことをアユコにも望み、
また、アユコもそれに応えて本当によく練習し、ついてきてくれる生徒さんでした。

発表会では毎回プログラムの1番最後。
ショパン、シューベルト、ブラームス、ドビュッシーと、
コンクールと同等の曲を弾く程の実力がありました。

発表会前の最後のレッスンで、隣でアユコの演奏を聴いていて鳥肌がたったおぼえがあります。
彼女も何かを感じたのか「もう1回弾いていいですか?」と、再度トライするも、
あの『不思議な感覚』の共有は、あの1回こっきり。

後にも先にも、そんな生徒さんは今のところアユコだけです。
そんな彼女も30歳。

「先生あのね、引っ越すときにお母さんが、もう弾かんやろ、売るけん!ってピアノ売っちゃった(笑)」

潔い!!

ずいぶんと時間は経ちますが、
親子での『やりきった』感じが伝わってきて、ぐりも清清しく笑いました。


その後の世代からは、アレ?なんか違うぞ・・と戸惑うことも多かったと同時に
ぐりのメッキ(笑)も急速に剥がれ落ちて、早々に現在のレッスンスタイルに至るわけデス。

あ、端折り過ぎましたか(汗) 


さてさて、ぐりの教室は大人の生徒さんもたくさんいらっしゃり、
笑いすぎて瀕死状態に追いやられる方が多数の中、
ひたすら真面目なレッスンの方も稀に(汗)おいでになります。

その『朱鷺』のような生徒さんのお一人、M田さん。

物心ついた頃には、お姉さんと一緒にピアノを習っていて、
少年野球のユニフォーム姿でレッスン、その後グラウンドへ。
と、6年生まで続けられたそうです。

きっときちんとしたご家庭でお育ちなんだろうなと
そのたたずまい、挨拶の仕方、話し方などから伺えます。


お母さん想いの優しい青年で、仕事もスポーツもバリバリこなします。

過去記事参照:ピアノで親孝行、 ピアノでありがとう、 大人の習い事


ぐりの教室に通ってくださるようになって、丸3年が過ぎました。
大人の方の趣味のピアノのレッスンって、実は意外と難しい。

特に、ぐりの教室を選んでくださる方々は、
『自分』を持っていらっしゃる方ばかりで、ピアノを弾くことでさらにご自身をを高めようとなさっているように感じます。
実際そこまで考えていらっしゃらなくても『豊かに暮らす』意識が高く、結果としては現実そうなっていらっしゃいます。

いつも仕事がメインでピアノが負担にならないよう、
でも上達していき、しかも楽しく・・・そこの加減が難しいのです。

優秀な会社員であるM田さん。
お忙しい中「練習してなくてすみません」と言いながら、
時間をつくってくださりレッスンにみえてくださいます。
「コレを子どもたちはやってるんですねー。最初からこんなレッスンだったら全然違いますねー!」
などと笑いながらも、ひたむきにピアノに向かわれる姿勢には本当に頭が下がります。

また、これほど誰かの為にピアノを弾きたいという想いが強い人にも会ったことがありません。


M田さんは、6年生でピアノをやめてからも、時間があればピアノを弾いていたそうです。
中学では合唱コンクールの伴奏も任されるくらいだから、かなりの腕前だったのだと思います。
ピアノ、ほんとに好きなんですね。。。

そして社会人になってから、またピアノを弾きたいとおもわれるようになり電子ピアノを購入。
やはり、習わないと弾き甲斐がないと、当時の勤務地で教室に通われることに。

こうして現在もピアノを続けていらっしゃるということは、
M田さんのお母さんとしても嬉しいことでしょうし、
M田さんに最初にご指導なさった先生も、これを知ったらきっとお喜びになるに違いありません。


前半に記述のアユコの後の世代の生徒さんたち。
ピアノをきっかけに『音楽が根付いた生活=豊かな暮らし』を送ってもらいたい
子どもたちが巣立った後、そういえば発表会であんなことあったねと思い出を語ってもらいたい
そう願ってレッスンしました。

そのうちの数名は社会人になってから再びレッスンに通ってくれたり、バンドを組んだり、
音楽に携わる職についたり、大学で新たな楽器を始めたりという知らせを聞くたびに
少しは伝えることができていたのかなと、ちょっと嬉しく思います。


いま、練習してきたことをキラキラした目で嬉しそうに話す子どもたち。

納得できるところまでやりきるのもいい
たとえ十年後はピアノから離れていたとしても
二十年後、自分の時間が持てるようになったとき
音楽がある豊かな暮らしの中で
ふと、ピアノが恋しくなるような

それはそれで、なかなかいいものですね。


M田さんのレッスンを機に、
今までのたくさんの生徒さんたちの顔が思い浮かび、懐かしく振り返るのと同時に
現在の生徒さんたちの未来がとても楽しみに思えます。  

Posted by ぐり先生 at 01:51Comments(4)大人のレッスン