耳よりなはなし

2013年03月31日

『良い耳』というのは、単に音の高さやリズムを聴きわけるだけでなく、 
音の微妙な表情を聴き取ることができるということでもあります。

これは言語にも共通することです。

例えばお母さんが赤ちゃんの泣き声で、
お腹がすいたのか、オムツを取り替えて欲しいのかを聞き分けたり、
「ただいま」の声の調子で、何かいいことがあったのか、その反対なのかを聞き分けたりと、
具体的に示してみると、私たちが日常でもやっていることです。

改めてそう思うと、音楽をまた違った聴き方ができるし、
敬遠していたジャンルも、少し身近に感じられるかもしれません。


そして『良い耳』を育てるには、たくさんの音楽を聴くということはもちろんですが、
幼少期の経験や訓練も大きく関わってきます。

7歳までにピアノを初めた人と、7歳以降に初めた人とでは、
前者の方が聴覚野の神経細胞の数が多いことが知られています。

そしてもう1つ、良い耳を育むためには、実際に自分の身体で楽器を演奏することにあります。
自分で演奏するということは、自分で出した音を自分の耳で確かめるということです。

ピアノを習っている人で「耳が良い」と言われる人は、
単に音楽を聴くだけでなく、聴いた音の微妙なニュアンスを自分の指でタッチをコントロールしながら、
その響きを再現できているかどうか、自分の耳で確かめることができる
ということになります。

いわゆる耳コピーですね。


耳が良い人は、語学の習得にも活かせます。


英語が素晴らしく堪能なミユキちゃん。

「なんか、あ!!私上手くなったー♪って気がします(*ノ▽ノ)」

って、最近毎回レッスンのたびに嬉しそう。

未経験からの1年半にして、素晴らしい演奏力と表現力でもって、只今ブルグミュラーを猛進中です。

それもそのはず、英会話で鍛え上げられた耳をお持ちなのですから。

ぐりが「こういう解釈で弾くと…」と弾いてみせると、
「え?同じピアノ弾いてるのに全然違うなぁ」なんて言いながらも、
細かい表情までよく聴き取って弾けていることがわかります。

お見事!!

演奏技術が上がってくると、解釈も深まり、
ついつい上級者に求めるようなことを言いたくなります…というか、言ってるか(汗)

素直さと理解力を持ち合わせた人は、どんどん吸収しますね。

そして、何よりも『経験』が音になって表れます。
読んだ本、観た映画、聴いた音楽、人とのふれあい…
五感で感じてきたものが、『その人の音』を紡ぎます。

ミユキちゃんの感性は素晴らしい。


ピアノを弾く時のさまざまな動作によって、脳の機能する部分も異なります。
教え方次第で、いろんな機能を鍛えていくことが可能になると考えています。
知れば知るほど興味深いです。

ピアノのレッスンを集中して受けた後や、
耳コピーを集中して何時間もやった後に誰かと喋ると、カミカミになります。
そしてランナーズハイにも似た、なんだか妙なテンションになります。

言語を司る脳の部分と同じだなぁと実感することができます。

先日のレッスンで、その状態になっていたミユキちゃん。

お仕事帰りで疲れているだろうにも関わらず、レッスンに集中して頂けたのかと思うと、
ぐりも感無量!!ありがとう。


「こどものブルグミュラーって表紙に書いてるから、もっと優しいのかと思ってたけど、
そんなに優しいってわけでもないんですね」

んー・・・『こどもの』って書いてるけど、
大きめに印刷されてるだけで内容は同じだから(苦笑)
それに、ちょっとずつちょっとずつ高いこと要求してるから、きっとイタチごっこよ。。。

「あはっははは!でも、先生ってチョット頑張ればできそうなことしか言わないでしょ?」

えっと・・・結構高い要求をしてるんだけどね(汗)
私もザックリだけど、それをさらに上回るポジティブなアナタがそう思っているだけで・・・

「え・・・それって・・・。」


プハハhhッハハhhッハッハhッハッハッハhハハッハ!!!!!!!


その空間で、同じ感覚を共有した者同士だけが味わう充実感。

音楽を介して言葉では説明できない 互いの人となり を知る。

たまらん♪  

Posted by ぐり先生 at 21:22Comments(3)大人のレッスン

二十年後

2013年01月05日

「れんしゅうしてきたよ!」 「あのね、きのうも そのまえも、あ、来る前もれんしゅうしたんだよ!」

最近ぐりの教室のチビッ子たちが、口々に言うようになりました。
どうしたんだ・・・調子狂うな。

(,,・`ノo・)<そんなに急いでうまくなんなくていいから。せんせいのお仕事なくなっちゃうじゃん。
あんまり練習しないほうが、チョーーーうまくなるんだよ!!

「うそやん!れんしゅうしますよーーーーだ」

なんて。


昨年のミニコンサートの後に、元教え子から連絡をもらって会う機会がありました。
ぐりが先生1年目、当時の生徒さんの中では最年長で
5年生から高校2年までレッスンしたアユコ。

ま、先生ってのは誰しもそうなのかもしれないけど、
ぐりも若かったせいもあり、ぐりがやってきたことをアユコにも望み、
また、アユコもそれに応えて本当によく練習し、ついてきてくれる生徒さんでした。

発表会では毎回プログラムの1番最後。
ショパン、シューベルト、ブラームス、ドビュッシーと、
コンクールと同等の曲を弾く程の実力がありました。

発表会前の最後のレッスンで、隣でアユコの演奏を聴いていて鳥肌がたったおぼえがあります。
彼女も何かを感じたのか「もう1回弾いていいですか?」と、再度トライするも、
あの『不思議な感覚』の共有は、あの1回こっきり。

後にも先にも、そんな生徒さんは今のところアユコだけです。
そんな彼女も30歳。

「先生あのね、引っ越すときにお母さんが、もう弾かんやろ、売るけん!ってピアノ売っちゃった(笑)」

潔い!!

ずいぶんと時間は経ちますが、
親子での『やりきった』感じが伝わってきて、ぐりも清清しく笑いました。


その後の世代からは、アレ?なんか違うぞ・・と戸惑うことも多かったと同時に
ぐりのメッキ(笑)も急速に剥がれ落ちて、早々に現在のレッスンスタイルに至るわけデス。

あ、端折り過ぎましたか(汗) 


さてさて、ぐりの教室は大人の生徒さんもたくさんいらっしゃり、
笑いすぎて瀕死状態に追いやられる方が多数の中、
ひたすら真面目なレッスンの方も稀に(汗)おいでになります。

その『朱鷺』のような生徒さんのお一人、M田さん。

物心ついた頃には、お姉さんと一緒にピアノを習っていて、
少年野球のユニフォーム姿でレッスン、その後グラウンドへ。
と、6年生まで続けられたそうです。

きっときちんとしたご家庭でお育ちなんだろうなと
そのたたずまい、挨拶の仕方、話し方などから伺えます。


お母さん想いの優しい青年で、仕事もスポーツもバリバリこなします。

過去記事参照:ピアノで親孝行、 ピアノでありがとう、 大人の習い事


ぐりの教室に通ってくださるようになって、丸3年が過ぎました。
大人の方の趣味のピアノのレッスンって、実は意外と難しい。

特に、ぐりの教室を選んでくださる方々は、
『自分』を持っていらっしゃる方ばかりで、ピアノを弾くことでさらにご自身をを高めようとなさっているように感じます。
実際そこまで考えていらっしゃらなくても『豊かに暮らす』意識が高く、結果としては現実そうなっていらっしゃいます。

いつも仕事がメインでピアノが負担にならないよう、
でも上達していき、しかも楽しく・・・そこの加減が難しいのです。

優秀な会社員であるM田さん。
お忙しい中「練習してなくてすみません」と言いながら、
時間をつくってくださりレッスンにみえてくださいます。
「コレを子どもたちはやってるんですねー。最初からこんなレッスンだったら全然違いますねー!」
などと笑いながらも、ひたむきにピアノに向かわれる姿勢には本当に頭が下がります。

また、これほど誰かの為にピアノを弾きたいという想いが強い人にも会ったことがありません。


M田さんは、6年生でピアノをやめてからも、時間があればピアノを弾いていたそうです。
中学では合唱コンクールの伴奏も任されるくらいだから、かなりの腕前だったのだと思います。
ピアノ、ほんとに好きなんですね。。。

そして社会人になってから、またピアノを弾きたいとおもわれるようになり電子ピアノを購入。
やはり、習わないと弾き甲斐がないと、当時の勤務地で教室に通われることに。

こうして現在もピアノを続けていらっしゃるということは、
M田さんのお母さんとしても嬉しいことでしょうし、
M田さんに最初にご指導なさった先生も、これを知ったらきっとお喜びになるに違いありません。


前半に記述のアユコの後の世代の生徒さんたち。
ピアノをきっかけに『音楽が根付いた生活=豊かな暮らし』を送ってもらいたい
子どもたちが巣立った後、そういえば発表会であんなことあったねと思い出を語ってもらいたい
そう願ってレッスンしました。

そのうちの数名は社会人になってから再びレッスンに通ってくれたり、バンドを組んだり、
音楽に携わる職についたり、大学で新たな楽器を始めたりという知らせを聞くたびに
少しは伝えることができていたのかなと、ちょっと嬉しく思います。


いま、練習してきたことをキラキラした目で嬉しそうに話す子どもたち。

納得できるところまでやりきるのもいい
たとえ十年後はピアノから離れていたとしても
二十年後、自分の時間が持てるようになったとき
音楽がある豊かな暮らしの中で
ふと、ピアノが恋しくなるような

それはそれで、なかなかいいものですね。


M田さんのレッスンを機に、
今までのたくさんの生徒さんたちの顔が思い浮かび、懐かしく振り返るのと同時に
現在の生徒さんたちの未来がとても楽しみに思えます。  

Posted by ぐり先生 at 01:51Comments(4)大人のレッスン

文系ピアノ

2012年08月05日

笑い死に【わらいじに】 
どうやら本当にそんな言葉があるらしい。
ならば、ぐりは隔週で瀕死の状態にあります。 

このヒトとにらめっこをしたら、ぐりは絶対に勝てる気がしない。アッコちゃんも「それはこっちのセリフ!」って言うかな?
1時間のうち、はたして何分、いや、何秒笑わずにいられるだろうか。
隔週ぐりの命を脅かす存在(笑)アッコちゃん。
「ハイッ!みんなー、集まってー!下がるよー」
・・・弾きながら自分の指に言い聞かせる。
「どー、え?どー、どぉ?!どーがないよーっ!」
・・・アナタの親指の下に・・・波平さん。

ハノンを弾くとき終わりがわからなくなって、
「アレ?どこまでやったっけ?」
まだ、ずっとこっちまで
「え、ほんと?あ、うそうそ、ヒドイ!またそんなことをー」
あら、バレた?いいやん、いつもより余計に弾いてみました!みたいな
「いやいやいやいや・・・あぶないあぶない」

あhっはhhhっははhはhははっはhhhはっは

いつもこんな調子です。

大手設備会社で事務経理のお仕事をこなすアッコちゃん。
年度末は連日の深夜帰宅で、過労によるストレスのため体調悪化。
春のミニコンサートは惜しまれつつも断念なさることに。

人生初のピアノ発表会の予定で、未経験の方が1年目で弾くには、
相当難しいと思われるブルグミュラー後半アレンジだったにも関わらず、
素敵に仕上がりつつあった、幻の『虹の彼方に』

お正月返上で猛練習なさっていたことも、
楽譜を見ずに弾けるまでになっていたことも、
「ハイ、また全然やってないよー」なんて、笑顔で言いながらも相当な努力をしていたこと、
ぐりは知っています。

お疲れMAXのそんなとき、どうやって癒しているのか聞くと、
ベットに転がって、ひたすら音楽を聴きまくるそう。

いいねー。
音楽をよく聴いてるってヒトも、何かをしながらの『ながら聴き』ってことが少なくないはず。
何もせずに『集中して音楽を聴く』と、音楽をより深く感じられて、リフレッシュにもなります。
是非是非お試しください♪


音楽は歌詞から好きになるタイプというアッコちゃん。
ぐりは主に曲から聴くタイプ。
ぐりは、イメージというか、感覚的に聴いているんだな。
演奏者としては、それだけではダメだけれど。

そう話すと、アッコちゃんが、不思議そうな顔をしているので、1枚のCDを貸してみました。
ぐりが大好きなジャズピアニスト吉岡秀晃さんのピアノトリオ♪(ボーカルが入ってないもの)

以前、めちゃめちゃ落ち込んでいた時に吉岡さんのライブに行き、(ぐりにもそんな頃があったのさ!笑)
ライブ中に自分が笑顔になっていることに気付き、帰りには「よし、また頑張ろう!」と足取りが軽くなっていた経験があります。

このときに、音楽にはヒトを元気にするチカラが本当にあるんだ!!と強く確信しました。

CDを聴いたアッコちゃんが、
音符一つ一つが歌みたい・・・言葉(歌詞)なんだ。
せんせいは、音符で歌ってるのが好きなのかなぁと、ふと思った。
伝わりづらいけど。エヘ
って、メールをくれました。

いつも自分の心情を飾らない素直な言葉で書き綴る
アッコちゃんのそんなところが、ぐりは好きです。


さて、次回から取り組む曲を『いつも何度でも』に決めたアッコちゃん。
「あ、コレ歌詞が好きっちゃん!えーっと、なんやったかな・・・

かなしみの数を 言い尽くすより
同じ唇で そっと うたおう


この部分が特にいいっちゃーん♪
ね、ほら、いまの東北の人たちにもね、うん」


ヒトとの会話の中で、ずばりその言葉そのものを言わなくても、
何気ないフレーズから、そのヒトの背景や価値観、考え方に触れる機会はたくさんあります。


先日、音楽で自分の半生を綴る対談番組で、
加藤登紀子さんが、ご主人を亡くされてからの1曲にも選ばれていた『いつでも何度でも』

夫が病床で聴き、ノートに書きとめた歌詞
『サヨナラのときの静かな胸  
ゼロになるからだが耳を澄ませる
生きている不思議 死んで行く不思議
花も風も街もみんなおなじ』
結婚していて夫婦だったんだと亡くなった後におもいました
もっと彼が生きていたときに ちゃんと夫婦でなきゃいけなかったのに。
なくなった後に遺された荷物は多い。
一生懸命夫婦でした。



『夫婦』の設定を、『親子』に『家族』に、『先生と生徒』『仲間』・・・
と置き換えると、いろんなヒトの顔が思い浮かびます。


ちょうど1年前。
アッコちゃんが、ぐりの教室に通ってくださるようになって半年が過ぎた頃、
お父さんの初盆だと聞かされた。

「お父さんが亡くなる前に、“あと10年生きたい、まだやりたいことがたくさんある” 
って、ずーっと言ってたのを覚えてて、そうか、悔いの無いように生きないけんなーっ て思って。
それで、テレビでピアノが入ったきれいな曲を聴いて以来、いいなと思っていたピアノをやろう!って」

ぐりと出会った頃は、お父さんが亡くなってから、まだ半年だったということ、
最初から、いつも明るく冗談を言うアッコちゃんのたくさんの笑顔、
思い出のページをどんなにめくっても、いつもアッコちゃんは笑っていた。

「私より、お母さんやお姉ちゃんたち・・・お父さんと長くいたヒトたちの方が
もっと悲しいはずだから、私ぐらいは元気にしていないと」

自分の感情は抑え、他の家族のことを気遣う。
アッコちゃんにとっての『悔いのないように生きる』ことの一つなのかも・・・と、何も言わなかった。
言えなかった・・・のかもしれないけど。


真剣にやっていると、なんだかおかしくなって笑ってしまう、ほんとは照れ屋なアッコちゃん。
たくさん笑って、自分の気持ちに気付いてしまうのを避けているかのようにもみえる。

ピアノを弾くことは、内観することでもあると、ぐりは考えています。

自分と向き合う。

お父さんがアッコちゃんに遺した荷物なのかもね。
『いつも何度でも』は、お父さんからのメッセージだったんじゃないのかな。

お父さんがカラオケで唯一歌っていた曲だからと、マイウェイをいつか弾きたいと言っていた。
口に出せない思いをピアノで奏でてもらいたい。
そのとき、『音符一つ一つが歌みたい・・・言葉(歌詞)なんだ』と、実感できると思う。

そんな日は、そう遠くないはず。
きっと、お父さんも楽しみにしているだろう。

アッコちゃんと出会えてよかった。
こんな出会いをつくってくれたアッコちゃんのお父さんにも、ありがとう。  

Posted by ぐり先生 at 17:46Comments(2)大人のレッスン

モデルチェンジ

2012年07月17日

「もう、今までのボクとは違うんです」
ニコニコしながらもハッキリと、彼はそう言いました。


ピアノを弾き始めたとたん空気が変わる。
一瞬にして自分の世界を創る瞬発力と集中力、
そして堰切ったように心の奥底から溢れ出す豊かな表現力。

話をしているときの彼とは、全くの別人のようで、
思わずグッと引き込まれてしまう。
ぐりは、Kくんのピアノがなんか好きだ。
ピアノが好きっていうか、Kくんという人間が好きなんだろうな。


芸術、アスリート、ものづくり、医療、教育、会社経営・・・あらゆる分野において、
つきつめると精神哲学は外せないように思います。

Kくんとも、そんな話をよくします。

数学者と「素数に美学を感じる。車のナンバーや、時計の数字の並びが素数だと、美しい!と感激する」という話をしたことがあります。

Kくんも「ぼくは、いかに美しく、スマートなプログラミングか を追求しています」と。
数学の問題を解く過程にしても、よりスマートな美しい数式にしたいのだとか。


社会的、芸術的に価値のあるもの、美しいものにたくさん触れ、
感動する心を研ぎ澄ますということは、
自分で選択するチカラ、判断するチカラ=生きるチカラがつくということなのだと考えます。

ここでいう選択や判断は、違いを認めるという意味で否定することではありません。

だから、上手いヘタで甲乙つけたり、「練習しろ」とやかましく言うのは、ちょっと違うと、ぐりの根っこの部分には強くあります。


Kくんは最近、本をよく読んでいるとか。
「ボク、いま『人を動かす』って本を読んでいます」って、
ぐりも Kくんと同じ歳頃に読もうと挑戦したけど、程なくして挫折。
読んでるのか・・すごいな。

ネットは手軽に情報をえられるけど、
やはり自分のカラダ、オカネを使って得たものというのは重みがある。

これは、どの分野にもあてはまることで、
『本物』をリアルにたくさん見聞きする、肌で感じるということは、必ず血となり肉となり、
気付かないところでわずかな「差」を生みます。
Kくんは、そのことをすでに知っている。


学校の話、PCの話、将来の夢の話をしているときのKくんは、
とてもイキイキと、いい顔をしています。

「1日の時間が全然たりません!ピアノは毎日弾いてますけど♪」
と、充実した日々を送っていることが、ひしひしと伝わってきます。

ずっと、プログラマーになりたいと言っていましたが、勉強が進むにつれ興味が広がり、
「ボク、経営コンサルタントになります!!」と、宣言してくれました。

夢を語ることって、賛同してくれる人の応援のエネルギーをもらえる。
だから、どんどん言うほうがいいと思う。

本当の友達は年齢性別関係なしに、成長成功を喜びあえる人だ。


ぐりの教室に通ってくれるようになって1年半。


学校帰りにレッスンに寄ってくれる彼の荷物の傍らには、いつも空っぽの弁当箱が入った紙袋。
お母さんの心配と優しさを感じます。
おばあちゃんが買ってくれたというビジネスバッグを嬉しそうに大切に持ち歩いているKくん。

ミニコンサートには、県外から おばあちゃんも含め、ご家族みんなで聴きにきてくださいました。

いつも、どんなときでもあたたかく見守り、全力で応援する。
そんな親御さんのチカラ、ご家族のチカラ、家のチカラは、
Kくんのエネルギーになり、ポテンシャルを大きく上げている。

「すごく感謝しています」と、はにかむKくん。

彼は、どこへでも出れる立派な青年に育っている。
来月は、いよいよホームステイ。


新緑の頃、気分新たに「これでやっと頑張れます」と。

なーに言ってんの、いままでも十分頑張ってんじゃん!そんなこと言うもんじゃなーい!
と言って顔をみると、涙を浮かべていたKくん。

辛いこと、嬉しいこと、みんなみーんな自分にとって意味のある必要なことなのだと。
過去の自分が現在の自分につながり、その自分が未来の自分へとつながる。


心が折れそうなときにピアノを弾きたくなったということに、強い感銘を受けました。

Kくん

出会えたことに、ありがとう。
ぐりは、いつでもKくんを応援しています。  

Posted by ぐり先生 at 00:36Comments(2)大人のレッスン

理系ピアノ

2012年07月09日

一緒にいるだけで、楽しくて元気になるっていうヒトがいませんか。


ピアノを始めて10ヶ月のミユキちゃん。

「すみません、全然練習していません!」
と明るく笑顔で言いながら、
「ヨシ、じゃぁ頑張るぞ!!うん、テキトーテキトー♪」
と、ゴニョゴニョ。


・・・。

ね、ね、なんかリアクションちがくない?
「すみません・・・」って、一般的には申し訳なさそうな顔するシチュエーションかと思うんだけど。
しかも、、、「テキトー」って、しーっかり聞こえてるんですけどおおお!!!(笑)
(注)ぐりの教室は練習できなくても、一緒に練習しましょう!というスタイルです。

「そっかぁー、そうですよね」

あーっはっはhっはhっはhhっああhっは!!!!

毎回レッスンが始まって、ピアノ弾く前からこんな調子です。
二人分くらいの突っ込みどころ満載なキャラクターで、終わる頃には、二人とも笑い疲れてクタクタです。


大手有名電気メーカーの企業にお勤めで、電気通信のお仕事をなさっているミユキちゃん。
「アキバ系学科と呼ばれている学科に行ってましたーっ!」とあっけらかん(笑)
もちろん優秀な大学だけれど。
「コテコテ理系ってわけでもなくて、選択していったらたまたま理系だったって感じですかね」

『たまたま理系』・・・ねぇ・・・ふーむ。
理系大嫌いだったぐりには、まったく縁がなかった言葉ですな。

ミユキちゃんのピアノの取り組み方をみていると、おもしろい。

楽譜は模様的に読んでいるし、リズムは音符同士の距離で捉えている部分もある。
まるで図面を見ているかのように、弾いていると思われる。
ま、楽譜も図面といえば図面だよね・・・

弾いている最中も「うーん、こうかな?よし、多分これか?」とブツブツ言いながらやってる。
鍵盤や抑えた手の場所、形までも、ある種の『図形』として捉えて、頭の中でイメージして手を動かしているかんじ。

もちろんきちんと楽譜を読めるけど、なんていうか・・・『勘』でやっている部分も多い。

そして「あ!わかった!!!もう1回いいですか?」と、身体で覚えるまで何度もやる。
この一連の動作を繰り返して弾けるようになると「なるほど。ひゃー!!楽しい楽しい楽しい♪」を連呼するミユキちゃん(笑)


いろんな分野のプロと話していると「うーん、勘かな?テキトーよ、テキトー♪」という言葉で締めくくられることが、たまにある。
すでにミユキちゃんもその域か?(笑)
カラダが覚えている・・・言葉では説明できない部分もある・・・『勘』なのだろう。
ま、その域に辿り着くまでの道のりっていうのがあって、勘もいわゆるデータなのだけれど。

難しいことを分かりやすく
わかっていることは、より面白くする
のがプロだと、ぐりは考えています。
そういった雑談もミユキちゃんとは よくします。

以前、プロサッカーの中村俊輔選手と、Jリーガーに決まったばかりの大学生に、試合の短い映像をみせて、
次に考えられる攻撃のパターンを図にしてもらうという番組を観ました。
大学生は何本もボールの軌跡を書いて、紙面は複雑な模様になっているのに対し、
中村選手は、たった何本かの線による2パターンで、サッカーがわからないヒトにも一目で理解できるシンプルなものでした。

経験がないと、幾通りもの展開を頭の中で考えるため、判断に時間もかかるし、複雑になりますが、
たくさん経験を積むと、考えなくても身体が反応し、無駄がそぎ落とされてきます。

英会話も勉強なさっているミユキちゃんは、同じ感覚が英語にもあるとのことでした。

「英語のときは頭の英語の部分(笑)を使っているから、英語ではわかっていても、それを日本語で説明したりはできない。
でも、『こう言われたら 反射的にこう答える』っていうのが感覚としてある」 とのことです。

英語を勉強し始めたきっかけは「洋画を字幕なしで観たい!!!」からだそうです。
字幕って文字数制限があるので、実際の英語とニュアンスが違ってることもあるし、
字幕を読んでいると、描写が観れないのが嫌で、
「もぉー、めんどくさいなぁー。英会話習おう!!」って。

え?めんどくさくて・・・ソコ? 
なんかちがくない?
またもや二人で大笑い。

ぐりも共感できます。
なぜなら、ぐりも曲のコピーをするときに採譜するのがめんどくさくて、でも、早く覚えたいし・・・で、
結局時間と気力とを何倍も要するけれど、CDのリモコン片手に何度も再生、まき戻しを押しながら身体で覚えるタイプです(汗)

で、ミユキちゃんと話した結果をまとめると、
自分の世界を広げるための要素は、めんどくさがりと、せっかちと好奇心なのかもしれない
ということでした(笑) 早く上達するタイプ・・・ほんとかな?(笑)

先日は、ビーチバレーの大会に参加なさった後で、「今日は首が筋肉痛です・・・」と。
まだ筋肉痛は翌日なのね。。。
ヨガも始められて、「仕事にしたいわけじゃないけど、インストラクターくらいまでできるといっかなと思ってます♪」と。

「あれはまだ難しいから」とか「そのうちいつか」と言って先延ばしにしていても、
新しく楽しい未知なる世界への扉が開く日はやってくることはありませんね。

ミユキちゃんは『豊かな時間を過ごす』ということを知ってるなって感じます。


のだめカンタービレの影響で、ピアノを弾いてみたいと思われたミユキちゃん。
春のミニコンサートでは『星に願いを』を美しく弾いてくださり、
今は『美女と野獣』に取り組んでいます。
1年足らずですが、ブルグミュラー後半くらいの実力です。
今の段階ではポピュラーを弾きながら力をためて、ゆくゆくはモーツァルトやショパンなどの曲も一緒に弾いてきたいと考えています。

あ、もちろんテキトーなかんじに♪(笑)  

Posted by ぐり先生 at 11:37Comments(1)大人のレッスン