線から面へ

2013年12月16日

とらちゃん5年生。
ぐりの教室に通ってくださるようになって、そろそろ丸4年です。

なんとも重苦しい時間が、ずいぶんと長いこと続いた生徒さんです。
<参照記事>:点から線へ



「読解力がないんだと思って必死にドリルをやらせてきましたけど、
読解力とかじゃなかったんですね・・・もっと、その前の段階だったんだなって・・・」


お母さんの言葉です。

●日常では当然のこととして、誰もが敢えていちいち教えることなんて思いつきさえもしないことを
誤って認識している、または、わからないのに勝手に自分の方法でやってしまう
●衝動的にやってしまった後で気付く、または気付かずに何度もやってしまう

それは、見え方だったり聞こえ方だったり、受け取り方などの感覚が独創的なことがあり、
またそれは、本人にとっては最初からそうだから気付かないのはもちろんのこと、
親御さんでも気付かないことが多く、努力不足だとか集中力がないとかで片付けられていることも少なくありません。

そのためのトレーニングを4年生の1年間の予定で始めたとらちゃんでしたが、
お母さんの強いご要望で5年生の1学期まで延長することとなりました。

レッスンしていると、本当にいろいろと気付くことがあるのですが、
早期に取り掛かり、根気よく取り組み続けることで、
自分なりのやり方を見出したり、改善することができます。

そしてなにより、お母さん方が、お子さんへの接し方がわかることで余裕をもてるようになります。
お母さんの笑顔は、一番の栄養ですね。


夏休みになって最初のレッスンの日

「あのね、成績があがっとったとー!!」と、
ピアノの前に座るなり、嬉しそうに話してくれたとらちゃん
「実は、そらの成績があがってたんです」と、
後でレッスンにみえて、これまたピアノの前に座るなり静かに喜びをかみ締めて話されるお母さん

このトレーニング課題は、成績を上げる為にやっているわけではありませんが、
結果的に理解力が増し、成績が上がることにもつながるのでしょう。

自信って、本当に大きなチカラになりますね。

「4年生から・・プリントし始めた頃からしか、ピアノの記憶がないけん、うん。」
とらちゃんは表情が明るくなって、自分が感じたことを自分の言葉で言えるようになりました。

とらちゃんのことを自分でなんとかしようと、おひとりで奮闘なさっていたお母さん。
ここへ到達するまでの、お母さんとそらちゃん それぞれの頑張り、苦しみを振り返ると
喜びもひとしおだったに違いありません。

「今まで、そらに本当に申し訳ないことをした」
もちろん愛あればこそのことなのですが、反省なさるとともにご自分を責めて、
お母さんは、毎週ご自身のレッスン中に涙をこぼしておられました。

お母さんの涙をよく目にし、すぐそばで、ぐりとの会話を耳にしているとらちゃん。
「お母さん、人の世話ばっかり焼きすぎるっちゃん!」と、笑って言えるほど理解しています。
「でも、すごい努力家」とも言っていました。

お母さんの真面目で不器用な人柄をよく見てとれて、きちんと受け入れられているなと感心します。

それは、たくさんの体験、多様な価値観をもったたくさんの人に触れさせようと
機会あれば とらちゃんを一人でいろんなイベントに参加させていた
これまでのお母さんの努力の成果です。

可愛い子には旅をさせよ
とらちゃんは、お母さんが育てたかったように育っていると、ぐりは思っていますけどね。


論理的な思考力や判断力は、音楽の解釈を より深めるうえでも、必要となります。

聞き取れる、読み取れる、感じ取れる能力が高まると、受け入れる能力も高くなります。
受け入れる能力が高いということは、柔軟な発想をする力と、
多くの情報を得られるいうメリットがあります。

選択肢が増えるということは、自分がイメージしているものを表すのを
より可能なものにしてくれるのではないでしょうか。

『自己表現のツールのひとつ』としてのピアノ
それは、ひとりの世界を楽しむものでもいいし、誰かと楽しむものでもいい
ぐりは、ピアノをそんなふうにも考えています。


「私、ちょっと変わっとーかも」
「うん、知っとーよ(笑)」
「え?そーなん?!ふふふ」
「先生はアナタよりも変わってますけど、なにか?」
「え、そうなの?でも、クラスのみんなも変わっとーとよ!」
「え?みんな同じの方が怖いやろ」
「うーん。でも、うちの家族も変わっとるっちゃん」
「ぷははは!そうか(笑)」
「もう、みんなすっごい変わっとーけん!」
「うん。変わっとっていいし、変わってる方がいいと思うけど、人を不快にさせんようにしようね」
「あー、うん」

太字は、とらちゃんです。

これまでの とらちゃんは、自分の周りの人や物事に、
全くと言っていいほど関心がないような振る舞いでした。

目線は宙に浮き、おかしなタイミングでのぎこちない挨拶、
お母さんも交えて雑談していても、自分に話しかけられていないという感じで上の空だったり、
まるでソコに誰もいないかのように、ぐりの前をスタスタ歩いていってしまうような・・・

そんなとらちゃんが、自分と周りとの違いを意識するようになりました。

楽しそうにぐりと話しているとらちゃんを見て、
「そんなにきちんと話せてスゴイな。
お母さんは、とらの年頃のときは、そんなふうに上手く人と関われなかったから」

また涙ぐむお母さんです。

とらちゃんを見ながら自己理解を深めていくお母さん。

4年生からの とらちゃんの目覚しい人間力の成長は、
とらちゃんのお母さんが、家事、お仕事、とらちゃんの習い事の送迎を忙しくこなしながらも、
ご自身もピアノのレッスンを続けられ、『自分と向き合う時間』を意識して確保なさり、
自分を変えようと努力なさったからこそなのです。

私たちは境遇を改善しようとは思いますが、
自らを改善しようとはなかなか思わないものです。
境遇を改善できない理由は、まさにここにあります。   by ジェームズ・アレン


ここに気付いて行動に移すことは、なかなか簡単なことではありません。
いくつになっても人は変われるし、ずっと成長し続けることができる、
そんなお母さんの姿をそらちゃんは、いつもそばで見ています。


「ほらほら!先生が、とらちゃんをビシッとしつけるけんね、覚悟しとき!」
「え、うそ?!マジでーー!!!」
「あー、うるさいうるさいっ!ほら、ちゃんと身体をこっち向けてからドアを閉めんね!」
「うん、わかっとーよ」(笑)

いま、とらちゃんと、そんなことを笑いながら話せていることに、
ぐりは心から安堵しています。


「きれいな曲やね」

そんな言葉を素直に口にできるようになった貴女のピアノの音が、最近少し変わってきました。

いまの貴女なら素敵な英語の先生になれると思います。
『教える』という職業を将来の夢に選んでくれたことを 
ぐりは大変嬉しく思っています。

とらちゃん、ぐりはいつでも応援しています。
ありがとう♪


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この記事へのコメント
本当にスゴすぎる教室。
Posted by なかじー at 2013年12月17日 15:06
大人になると、誰も本当のことを言ってくれなくなりますね。
私も先生にお会いしていなければ、どうなっていたかわかりません。
今となっては、先生はかけがえのない存在です。
ありがとうございます。
Posted by 茉莉音 at 2013年12月18日 14:57
学級委員したり、成績も良い方で、とりあえず友達もいて無事に学生生活は普通に過ごしてこれましたけど、学校は好きではありませんでした。

とても疲れるし、もしかしたら本当は少し浮いていたのかもしれません。

受け取りかたや感覚の違いは、私も思い当たります。
自分で気付くまで、大人になってからも誰も教えてくれることはありませんでした。
実は私の親も変わっていたのだとわかりました。

発達障害という診断が、あろうとなかろうと、先生のような方にご指導頂けたら、
お子さんたちは将来的に全然違ったものになるだろうし、
違和感を感じてきた当事者の大人たちも、これからの生き方を変えられると思います。
Posted by さっちゃん at 2013年12月19日 11:05
もう、ムツゴロウさんの域だろ。
Posted by ニシダヒガシダ at 2013年12月20日 11:09
む、ムツゴロウさん!!
もう、そうとしか思えなくなりましたwww

でも、本当にそうですよね。
不思議な人です。。。
Posted by nao at 2013年12月20日 11:56
ムツゴロウさんとは、いい得て妙ですね。笑

発達障害は、社会人になってから露見することも多いですよね。
社会に出ると、学力よりもヒューマンスキルが問われます。
ぐりさんは、そこを早く見抜いて指導するわけですね。

なるほど、高校生くらいまでレッスンに通われたとすれば、
社会に出る頃には ある程度のことが習得できているわけか。

その差は非常に大きいですね。
なかなか奥深い指導、ちょっと真似できませんね。
Posted by ぐっさん at 2013年12月20日 16:14
先生の「子どもに責任はない」という言葉の意味がわかります。
Posted by 内藤 at 2013年12月20日 20:23
知識や経験がある人から見れば、「あれ?」って人はすぐわかります。
こちらのお母さまのような方のケアは、専門的なところだと1回1時間で相当額だったりします。
先生が最初だと、どれだけ恵まれているのか本当にわからないでしょうね。
Posted by 松島 at 2013年12月23日 10:22
 
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