2019年10月03日

再構築~普通級にいってから~

レッスンは通常級へ行くことを目標にしているのではありませんが、
境界域だった生徒さんが、通常級へ進まれるケースは本当に多いです。

ですが、たった数年でどうにかなるというものではなく、
伸びたら伸びたで新たな課題もでてきます。
当面は、やっていけるのかもしれませんが、
やはり遅かれ早かれ限界はやってくることが
ほとんどのように思います。


療育とは、配慮とは。


レッスンで取り組んでいること、指導していることは、
一般的な習い事や塾では習得が難しいところでもありますし、
福岡では発達障害のお子さんのいらっしゃるご家庭の
大半の方が受けていらっしゃるであろう
発達支援センターや病院、事業所などで受けられる
『療育』と言われているものとは大きく異なります。



"境界域から軽度になってしまったのに、「大丈夫」と言われていたんですが・・"

というご家庭も実際にあります。
(うん、大丈夫なのかもしれません‥考え方や基準の相違ですね)

これまでに、たくさんの親子とお会いしてきましたが、
『できる』『やっている』の定義や基準は、
親御さんの学習経験、社会経験、生活環境などによって異なります。
そこがレッスンのご理解を頂くうえで、
もっとも難しいと感じるポイントの1つでもあると感じています。



「学校?楽しいよ♪
勉強もわかるし、体育もできるし、友だちもいるし、給食も早く食べられてるよ♪」

と、年少時DQ85から通級をつけて、
なかなか好調な普通級生活を送っていた2年生。

週1レッスンで3年。
1年生の秋から日に日に特性が色濃くなってきました。

逸脱した行動などはなく、集団でそれなりに過ごせていれば、
困っていること、外でどんな受け答えをしているのか、
気付く機会を得られることなく見過ごされたままになってしまいます。


小学校では低学年の間は、
計算と仮名、漢字といったものの学習がほぼメインであり、
一般的な学習でも、ある程度まではなんとかなることもあります。

ご家庭によっては、ここだけを見て
『できている、できない』の判断ポイントになっていることもあるかもしれませんね。



先日、レッスン中に課題の内容が理解できなかった2年生が、
「国語とか算数で、いい点がとれればいいからこんなのできなくていい」
という発言をしました。

合理主義が過ぎるところは特性の1つでもありますが、
思ったことをすぐに口にしてしまうことが目につくようになってきて、
年齢的にも、対人面で失敗してしまうことがでてくるのかなと感じます。

この言葉から『学校や周囲から日々求められていること』を
2年生が、どのように受け取り、
どういう姿勢で物事に取り組んでいるのかが垣間見えますね。



また、ぐりの言うところの『身体の動かし方』は、
体操教室やスイミングで求められるそれとは全く異なります。

一般的には教えなくても備わっているであろうと思われる
単純な作業に必要な運動の困難がみられ、
見本、周囲と動きが大幅に合っていないことが大真面目にわからず、
「合っている」「できている」を本気で言ってしまいます。


レッスンでは運動機能、感覚機能訓練の要素を盛り込んだ指導をしておりますが、
学習障害がみられると、まずは学校生活が最優先事項にならざるを得ません。
そして、その学習は訓練に向けた必要な準備を兼ねているものでもあり、
実際に『訓練』に取り掛かるまでには、かなり時間を要します。


機能のエラー
衝動性、不注意の強まり
見たものに対する名詞そのものや言葉の使い方、記憶や解釈のズレ
ゲームや動画の影響も大きい不自然な言い回しや失言
実際のスキルや立ち位置と自己評価の大きなギャップ
完璧主義からの失敗への恐れや億劫による回避、先延ばし・・etc


上のお子さんが知的な遅れを伴う自閉症スペクトラムということもあってか、
お辛い中でも、上のお子さんの大変さを思えば2年生はできていると感じるかもしれません。

しかし、なんとかなるだろうという思いと期待でやってこられたお母さんも、
受け入れがたい現状に穏やかではいられない状態です。


週2回のレッスンに切り替えて1年。
2年生も本格的な機能訓練を始められるまでになりました。

どうしても学校生活が最優先事項になってしまうので
なかなか訓練までは手が回らず後になってしまうのですが、
充実した訓練が成立しています。



「ここに来たら伸びるってわかってるから・・・」


お子さんが崩れる時は、お母さんの精神状態も極限であることが少なくはありません。
お母さんの方が辛くおなりになって、続けられなくなることも多い中、
2年生のお母さんからは、そのような身に余るお言葉を頂き大変感謝致しております。


2人のお子さんに遠方より週2回。
タイプの異なる二人のお子さんに翻弄されるお母さんですが、
二人のお子さんへの計り知れない愛情と、
『どんなことをしてでも子どもたちを』という
並々ならぬ決意と覚悟からの尊いお姿に頭がさがる思いです。


苦しい時こそ、その想いを確信します。


失敗だとか、遅いなどということはありません。

気付いたたびに、何度も積み直したり捉えなおしたりすることで、
誤って学習していたり、空白となっていた部分を埋め、
より現実的で盤石の基礎を築けることとなるのです。

今じゃない。
10年後、一緒に笑っていましょう。

さぁ!2年生が、どんな能力を秘めているのか楽しみです。


  


Posted by ぐり先生 at 13:58Comments(0)療育ピアノレッスン

2019年09月15日

通級から普通級へ、そして才能を開花させて高校進学。





リョータくん。
ぐりの教室でのレッスンも9年半を過ぎ、なんと高校2年生になっています。

クラシックの基本的なレッスンを積み、
形式的には小6でブルグミュラーを終えるレベルまで、
練習とレッスンを耐えこなしています。

ですから、ある程度の曲は初見でもそこそこ音楽的に弾ける腕前です。

中学2年、3年と合唱コンクールの伴奏に立候補しての演奏が脚光を浴び、
大きな自信と自他ともに認める特技としての実感を得られる経験を積むことができました。

それは高校生になっても継続しており、事あるごとに演奏の機会に恵まれて
たくさんの人から称賛を浴びているようです。

そして今は専ら、ピアノを趣味として積極的に楽しみ、好きな洋楽の弾き語りがレッスンの主流です。

特性から日々の練習や期限ということには、非常に難しく悩まされるものがありましたが、
ここまでの成長と活躍を遂げ、楽器をご用意してくださったご両親も喜びいっぱいのことと思います。








ぐりの教室にいらしてくださった時から、
小学生の間に一貫してご両親にお願いしていたことは
学校の成績を追わないで頂きたい、学校はなんとなくこなせたらいい、ということでした。
ご家族で体を使うこと、感性を刺激することにたくさんの時間を費やしていらした印象があります。

小5の終わりから小6にかけて、反抗期も重なったのか、
極端な受け取り方と、語彙の増加に伴う忠実すぎる解釈が特に強まり、
ちょっとしたことにも「納得がいかない」と腹を立てて押し黙ったまま、
怒りをあらわにする時期があったのですが、

中学生になった頃から随分と文章が読み取れるようになってき始め、
ちょうど芸能人が小説で芥川賞を受賞したこともあり、文章を書くことに興味をもち、
真似して書いた物語が学校で高い評価を受けたことがありました。

そのあたりから内面の成長が加速されたように思います。

また、全校生徒や保護者の前で『将来の夢』をテーマに作文を発表する機会にも恵まれ、
ご両親から頂いた録画には、雄弁に話すリョータくんの頼もしい姿がありました。

『読む、書く、発表する』能力の高さは、
高校入試でも、作文や面接においては、練習の段階からお墨付きを頂き、
自信をもって臨めたような印象でした。


高校入試には、もちろん学力も必要です。

それまで提出物など、ほとんど守ったことがなかったですし、
試験勉強というものをほぼほぼしなかったので成績は低空飛行気味でした。

ですが、文章の読み書きがこれだけできて、ピアノも初見でかなり弾ける様子から、
能力は秘めているのだろうけど、、、という印象でした。

それでも、受験を現実的なものとして意識できるようになると行動も変わりましたね。

遅刻や欠席を極力しないように頑張ったり、提出物も守ったし、
何よりリョータくんなりに試験勉強をするようになりました。

数学を一緒にやってみると、仰天なところで改行するなどを除いては吸収がはやく、
今まで点在していたものが、パタパタとつながる感じで、
それに伴い、中3の後半には成績もついてくるようになっていました。

国語は言うまでもありませんし、英語は洋楽のおかげで勉強いらずです。

そして第一志望の公立高校に見事合格!!素晴らしい!!

受験勉強は、正味1、2ヶ月といったところだったのではないでしょうか。

そして現在、高校生になってからも、
『単位を落とさないように』をモットーに、『なんとなーくな試験勉強』
のスタイルで通常運転です。

ぐりもそれがリョータくんにはベストなスタイルだと思っています。
それでもある程度の成績を残すことができるのですから、大したものです。
「勉強なしで、よくその点数がとれるよね?!って、いつも親に言われます」と、
ご両親も感心するやら困惑するやらですね。



もしかしたら、塾などの学習環境に入れていれば、
リョータくんの能力なら『学力』という面では、もっと高い結果を望めたかもしれません。

いえいえ。

「やればもっとできたのかな」
それくらいの感想をもてるところをクリアすることが
特性をもった子たちにはベストなこともあります。

教育は必要だと思っています。
ですが、学業優秀ということと、生きていく力があるということはまた別です。

おそらく特性をもっている人は、もっていない人よりも、
発達障害そのもというか、それによって生じる人間関係で苦しむことのほうが多いのかもしれません。

そこに必要なスキルは、
特性からくる機能的なこと、思考判断の傾向などの為に
一般的な学習では習得が難しいことも多々ありますし、
学校や塾では見つかりにくく(言いにくい、言えない言わないというのもある)
ご家庭では日常のこと、当たり前のやり取りとして見過ごされたりもするのです。

親御さんの『できる』と、ぐりの『できる』に大きなひらきがあったり、
全く異なるもののことを示していたりで、
ごくごく簡単なことが上手くいかない様子に、
親御さんが改めて愕然となさることも少なくありません。

そういったことはリョータくんのご家庭にもみられましたが、
それでもリョータくんが自分の力で訓練をこなし、
しっかりと積み上げてこれたのは事実です。


そしてこれは、後になって知ったことですが、
第二志望の高校を決める時に、お母さんが口になさった高校は、
まだリョータくんが小学生の頃、てんこ盛りの特性全開で、
「普通に暮らせたらそれでいい、それだけでいい」と、
涙を流されていたときにお考えだった高校でした。

こんなにも、誰の目にも明らかなほどの成長を遂げていても、
親御さんの不安と心配は尽きることはありませんね。


思いもしなかった生活はあります。

それは未知の世界であり、頼りないものでもあり、恐怖でもあります。
年齢を重ねれば重ねるほど頭で考え、そういった感情は強く働くのではないでしょうか。
子どもは経験値が少ないので何も知らずに飛び込める良さもあります。
もっとも身近な存在が、心配のあまり、
うっかりブレーキをかけることになっていたりもするので気を付けたいところですね。

勉強ができるタイプは勉強したらいいし、
技術が要ることなら早くその道に。
要は、それをどのように使って人の役に立つことができるか、
を考えられるまでになれたらいいなと思っています。

続けた先に道はひらけます。


今の段階でのリョータくんは、
先延ばしと自分のやり方への固執がいささか強めなことを除けば、
この年齢で、ここまでできるのは素晴らしいと思わされることばかりです。

礼儀や所作はきちんと身についており、敬語も使えて気遣いもできます。
伝達や報告、確認がきちんとできます。
大人顔負けの挨拶やお礼もきちんとできて、驚かされることもあります。
場当たり的な思い付きでペラペラと嘘を言ったりすることもありません。
先延ばしと頑張りどころはともかく、これまでの経験から頑張り方や成功で得られるものを体で覚えています。
告知はされていませんが、自分の特性をよく理解し受け入れられています。
好きなことをみつけ、そのコミュニティに積極的に参加する行動力ももっています。


そしてこれは、つい最近のことですが、
自分の行動や嗜好について「ボク、ちょっと変わってるんです」
などと、初めて自然に笑って言葉にしたことがありました。

そういう言葉を口にできるほどに強くなったのか
あぁ、また1つステージを上げたな

という喜びを噛みしめながら、彼を見送ったときの清々しさは、
9年半、リョータくんからの大きなご褒美として、
大切に ぐりの宝箱のコレクションの1つとなっています。



長年、遠方より送迎してくださるご両親には深く感謝申し上げます。
リョータくんのここまでの成長は、ご両親の深い愛情あってのことです。

え・・17歳?!

子どもが大きくなるのは、あっという間ですね。
ぐりも歳をとるはずです。

いまはまだ、通過点のひとつ。
どんな道を通ったとしても、辿りつけばいいと思っています。

ぐりは、いつもリョータくんを応援しています。

誕生日おめでとう。  


Posted by ぐり先生 at 03:58Comments(0)療育ピアノレッスン

2019年07月15日

お母さんの思考が現実化する~DQ71から普通学級へ~

ぐりの教室にお越しくださって、もうすぐ1年半。
空くん、年長さんのツイートをまとめました。

見づらい部分もありますが、
短期間でDQ71から101までの素晴らしい成長と
お母さんの惜しみない愛の記録です。


初回は、急遽決まった日程のため、
緊張の面持ちでお母さんだけでいらっしゃいました。

赤ちゃんの頃は寝るとき何時間も泣いて抱き続けていたこと、
園庭で大の字で寝転んでしまうこと、
わざと泣いては鏡で涙が出ているか確認すること、
プラレールやラインを横目で見ること、
食べ物へのこだわりや偏食、
ひどい癇癪、お母さんへの悪態と暴言、
明らかにただそこに居るだけにしかすぎない幼稚園では問題ないと言われ・・・

それまでずっと、お一人で抱えてこられた全く理解できない空くんの行動の数々を
堰を切ったように溢れ出る涙とともにお話しくださいました。


「俺のお母さんは笑わないで!!」が口癖のひとつです。
家でも公園でも。
帰ってくるなり言うときもあります。
参観に行った幼稚園の教室で、先生の話も聞かず、歌も歌わず、
ただただ私に笑うなと怒る彼が解らなくて、何もできなくて、めをそらすしかなく。
空のことが知りたいのです。
良いことも悪いことも、ぼんやりとしか見えない彼の姿をとにかく見たい。
そのためには何でもしたいのです。



ご家族からは「気にしすぎ」と言われ、誰からも共感を得られることなく、
相談しようにも誰にも話すこともできず、本を読んでも不安が募るばかりだった4年間。

「私がいろいろ考えすぎるから余計に悪化しているのではないか」
「親子でひっそり過ごせば特に誰かに迷惑をかけることもないし、ギョッとされることもないし」


精神的にすっかり追い詰められておられました。

それと同時に、大変に冷静で客観的な、ご家庭では見逃してしまうようなポイントを
しっかり押さえられた素晴らしい観察力に驚かされたことを覚えています。








「これほどはっきりした返答を頂けるとは思っておらず、驚いております。
関わり方が大切と見聞きしても、その方法は模索しかなく、
日々息子と過ごして募るのは焦りと自責」


ぐりの分析や提案を的確に受け取ってくださり、特性に関しても率直に話し合えることに感謝しています。







レッスン3~4ヶ月。
まだまだ一方的に同じフレーズを何度も繰り返すことが多い頃です。
ゲーム的な課題はルールそのものが理解できず、
また、書く作業に関しては、『見え方』も含めて困難が大変強くありました。

レッスン半年。
幼稚園では運動会のレッスンが始まり、連日何度も繰り返されるバルーンの練習などはうんざり。
音は苦手で、合唱の歌声が辛くて耳を塞いで教室を出ていくなどの行動がみられました。
暑さと練習と音とストレスで空くんは慢性的な疲労が蓄積されていました。







「この半年、息子がどれほどに頑張ってきたのか、
どれほどレッスンが充実したものだったのかと思う」
とお母さん。

前回から1年ぶりの発達検査でDQ71から86。
環境や対人面で負荷が強くかかるタイプなだけに、
以前のそのタイミングでのDQ71という数値には強く不信を抱かれ、傷ついてもいらしたと思うのです。

数値や成績は結果的なものだと考えています。
数値的には高くても困難を多く抱えていることはあります。
可視化することでわかることもありますが、振り分けられてしまうのが現実です。

空くんの今後の見通しとしてDQは100程度、年齢相応になることをお伝えしました。

このことで、お母さんが元気と勇気、安心と希望を少しだけ取り戻すことができた印象を受けました。
その頃、お母さんから頂いたメールです。

お教室に行く途中、バスの中でも歩きながらでも、たくさんの事を話してくれます。
幼稚園の事、歩いていて気づいた事、嫌だった事、好きな事、食べたいもの。
街路樹の下に落ちた銀杏の実を手のひらいっぱいプレゼントしてくれることもあります。
私に叱られて拗ねている日もありますが、それでも傍にいて隣を歩いてくれる事が増えました。
行き帰りも、息子を知る楽しい時間です。


ここから空くんのペースは更に上がります。












福岡も就学相談の季節です。
普通級で過ごすことを選択なさった空くんのお母さん。

短期間でギュン!と伸びたため、にわかに信じがたいことは理解できますが、
就学相談では当然のことのように支援級を大変に強く勧められました。

ですが、
「普通級でやっていけるのか、という思いはありますが、息子の能力を引き出せる環境で」
と、揺るぎない決意を示されたお母さんです。

いらした当初とは正反対ともいえる、力強いお母さんのお言葉に、
ぐりが、どれほど感銘を受けたことか。


これから空くんは基礎的な知識と作業の習得、感覚機能の訓練を盤石なものにした後、
『見た目にわからないタイプ』としての課題に移行していきます。


グズグズ崩れることも、帰りに一人で先にダァーッと走り出すこともなくなり、
「次もまたコレやりたいなー」「オレ、これ得意なんだよ」「ヨッシャー」「また来るねー」と、
毎回笑顔で手を振って、お母さんと並んで歩く愛らしい姿に、ぐりも思わず笑みがこぼれます。

空くんとお母さんにも、そんななんでもない日常にありふれた親子の光景がみられるようになりました。

「福岡の療育センターに勧められた療育に通っていたこともあるんですけど、
何をやっている時間なのかがまったくわからなかった」


この1年半の空くんのレッスンの取り組みと成長ぶりと、
就学相談における一連の話は、以前の空くんを振り返り、
一般的にみんなが受けている『発達障害の療育、配慮』といわれているものや、
空くんの将来を改めて考える機会にもなったようです。

長い時間、成果を得られないことが続くと、
不信感が強くなり、夢や希望、良いイメージを描けなくなってしまいます。

とっかかりや原動力などは、最初は何でもいいのです。
行動をおこした先にこそ道はひらけます。

療育センターでの療育は受けず、週2のレッスン1本に集中。
空くんの成長は、お母さんの自信にもつながっています。

お母さんの不安や心配は尽きることはありませんが、
空くんは会話のやりとりもしっかりしてきて、課題も意欲的にこなしていますし、
体の動かし方も上手になってきて、縄跳びなども上手にこなしています。

とりわけピアノを弾くことと歌うことは嬉しそうで、
のみ込みも早く、今後が楽しみな生徒さんです。


思い描いていた子育てとは全く異なり、
苦悩する日々を送ってこられたお母さん。
まだまだ可愛い盛りに この状態にまでなれて、
本当によかったと心から思っています。


空くんのお母さんに子育ての喜びを味わって頂くこと、
そして、空くんが、ご家族でたくさんの楽しい思い出を作って頂くことが、ぐりの願いです。


空くんが、レッスンに向かうバスや地下鉄から見た景色、お母さんと行き戻りにした話などを思い出し、
「俺のお母さん、よくあんな遠くまで俺をつれて通ってくれたな」と、
生きる力にしてもらえたら、ぐりは嬉しいです。

空くん、きみに出会えてよかった。

ありがとう。

6歳のお誕生日、おめでとう。  


Posted by ぐり先生 at 10:00Comments(0)療育ピアノレッスン

2017年04月25日

春遠からじ~DQ65からの挑戦~



スミレちゃん、3年生。


ぐりの教室に初めていらしたのは、転勤で福岡に引っ越していらしたばかりで
見知らぬ土地での入学を控えた 年長さんの秋のことでした。

言葉はまばらで反応も薄く、フワフワ焦点が定まらない状態。
まだ小さい下のお子さんと一緒になると、みるみるハイになってドタバタが加速する、
そんなお子さんでした。

「DQ65で、学習障害もあります」
そうお伺いしてから一通り課題を進めた後、
お母さんに「それにしても、よくここまでにしましたね」と、
思わず声をかけたことを今でも鮮明に覚えています。

見ればわかります、
ここまでの道のりが、決して平坦なものではなかったということは。

いらした当時のスミレちゃんは、ずっと座っていられるし、
数字と平仮名、カタカナをほぼ書けるまでになっていましたが、
その陰には、お母さんの並々ならぬ努力の跡が伺えます。

「ほら、リンゴよ!って指をさしても、全く何もわからないという状況でした」

スミレちゃんは保育園に通うまで、以前にお住いの地域で
療育の家庭教師のレッスンを受け、お母さんご自身でも懸命に療育なさったとのことでした。

それにしても、福岡でいえば、一般的に『療育』と言われているところに通われたり、
お母さんが療育を施したり勉強を教えたりなさって、
事態をより一層深刻なものにしてしまわれるケースを数多く目にしてきましたが、
スミレちゃんは、お母さんの指示によく従うよう上手に指導されており、
いかにそれが適切な判断と対応で充実したものであったかが
手に取るように伝わってきて感動しました。


スミレちゃんの変化が特に著しかった、入学前から1年生を終えるまでの経過を書き記します。


週2回のレッスンを始めて3ヶ月程でしょうか、
「ポツ、ポツ、と言葉が出るようになって、覚えた歌をうたったりするようになりました」
と、初めて明るい声のお母さん。

言語の表出がないお子さんのお母さん方にとって、
言葉が出るということは、たっての願いでもありますね。

その頃、お母さんから「今まで私に従うようにしてきたけど、少し扱いにくくなった」
と、お伺いすることがありました。

お母さんの涙ぐましい頑張りの甲斐あって、
周囲からの働きかけに応じて行動できるまでになっていたスミレちゃん。
しかし、レッスンを始めて理解できることが少し増えてきたために、
それまでにはなかった意思や感情、興味が芽生え、指示に背くようにもなったのでした。

この状況に進まれた生徒さんたちをみると、
認知機能が上がった途端、誰から教わるわけでもなく、
まるで、それまで年齢相応に経験してくるはずだったことを遡ってやり直して味わうかのようにも受け取れ、
本能って神秘だなぁと感じます。
お母さん方にとっては、たまったものではありませんが・・。

毎回45分のレッスン。
終了前5分になると「おかしゃん(お母さん)のとこ、行く」と泣き始める時間の正確さ。
ようかい体操第一には俄然張り切る可愛らしさ。
数や図形、ピアノなどの分野はグングン吸収して伸びをみせますが、
言葉自体は増えていきながらも、やり取りするまでには
まだまだ全然時間が足りない状態でした。
いらしたのが就学前だったので、やむをえません。

レッスンを始める時期によって、最優先することは異なります。
スミレちゃんは、近くの小学校の支援級への入学が決まっていました。
支援級の体制は、学校や担任の先生によって対応にバラつきがあります。

まだ、ほとんどの行動の意味を理解できず、多くの指示を必要とするスミレちゃんは、
『学校にいる時間を過ごせるものを身につける』に焦点を当てて準備に追われた半年でした。

そんな中、無事に入学を迎えたスミレちゃん。
お子さんの成長の喜びをかみしめる嬉しい行事も、
その一方で、お母さんにとっては不安と心配も大きく、
どんなにか複雑な思いだったろう思います。

ぐりの教室での課題に深くご理解頂いているスミレちゃんのお母さんは、
スミレちゃんの担任の先生にもご協力をお願いなさり、
授業の時間の課題として取り組むことができたのですが、
やはり、内容の意図を理解してのアプローチなどを望むことは難しく、
一人でただ時間を消化しただけに終わり、本来の目的に達する前に飽きてしまったのでした。

また、スミレちゃんはミスに抵抗があり、
一つ一つの答えに対する確認が必要だったため、
学校で選ぶ課題も、限られたものばかりとならざるを得ませんでした。
そんな単調な毎日でうんざりしてしまったのか、レッスンにも影響が出たような印象もありました。
仕方ないよね。。。

ぐりの教室のレッスンのプログラムは、プリントをはじめ様々な形態のものがあります。
生徒さん一人一人で使うものやアプローチは異なりますし、
理解に難航している場合は、同じテーマのものをいくつもの教材の中から選ぶことに
大変な時間を要することだってあります。
また、見合ったものがなければ作成もします。

どのご家庭でも 多様な教材や情報を気軽にたくさん入手できますが、
発達障害のお子さんが、理解できるように教え、日常で使えるまでに導くには
膨大な時間と労力、そして根気を必要とします。
また、教え方を間違えると事態を更に悪化させることもあり、
それが引き金になって、二次的な障害を引き起こし、
安易にやってしまう怖さも兼ね備えているのは事実です。

そして、スミレちゃんの小学校生活で、初めての大イベント、運動会。

「みんなが立って並んでいる中、一人だけしゃがみ込んで地面をさわってて」
と、静かにお母さん。

お子さんが一人だけ、周りと全然違うことをしている様子を
目の当たりにしたときのお母さんのお気持ちを思うと、
胸が痛んでなんとも声の掛けようがありません。
これまでにも、それなりに行事を経験してこられているとはいえ、
やはり、小学生になってからのお母さんへの衝撃は、
周りからは計り知ることができない程のものだと想像しました。

運動会をきっかけに、スミレちゃんは頻繁に耳をふさいで落ち着きをなくし、
お母さんと離れることにも不安を抱くようになったりと、
お母さんの心配をさらに募らせることとなりました。

自分の状態を認識しにくい小さな体は、かなりのストレスを抱えて疲れきっていたに違いありません。
それでもレッスンをお休みしなかったし、させなかったことには本当に頭が下がります。

運動会が終わってからは、小学校での生活の見通しも立ち、
ようやく、それまで手が回らなかった言語面にも 取り組むことができました。


2学期になると、1年生の授業の雰囲気もそれまでとは変わります。
交流学級で過ごす時間も増えてきたスミレちゃんは、
黒板を書き写すことはできても、その場で何かを学ぶということまでは難しく、
授業中に、立ちあがって外に出てしまうことが、
2年生の1学期くらいまで度々あったようでした。

ひとり言と空笑も目立ち始め、更にお母さんの心配も強くなります。
発達障害の特徴的な行動でもありますが、
スミレちゃんの場合は、言語を司る部分が活動を始めたこともあり、
手持ち無沙汰になると、すぐに好きなアニメが頭の中に思い浮かんで、
そのセリフが声に出てしまう状態でした。

3学期には、相手の反応というものを認識できるようになり、
自分の行動が、周囲から好奇の目で見られていることに気づいたり、
お友達の輪に入れてもらおうと話しかけると、シーンとされてしまい、
自分が受け入れられていないという雰囲気を、感じとれるようにもなりました。

誰かを意識して自分から関わろうとするなんて、今までにはなかったことですが、
当時のスミレちゃんの状態では、まだ幼い周りの子どもたちが戸惑ってしまうのも わからなくもありません。
その時のスミレちゃんを想像しただけでも、とても哀しい経験ですが、
こんなに早い時期に、スミレちゃんが『傷ついている自分』に気付けたことは、大きな収穫だったとも思っています。

また、その場に居合わせたお母さんの やるせない気持ちを思うと辛すぎますが、
子どもたちのことは子どもたちに任せ、
哀しい場面でも後ろから見守ろうというお母さんの姿勢に、
只々、頭が下がるばかりでした。

そして、1年生も終わりを告げる頃には、やり取りのパターンもグンと増え、
下のお子さんと話しながらおもちゃで遊んだり、簡単な質問にも答えられるまでになっていったのです。


それまでポワーンとした世界にいて、スミレちゃんがよくわからなかったものの最大の1つは、
お母さんを愛している、お母さんから愛されたい愛されている、という実感です。

ずっと、スミレちゃんに全ての人生を捧げてこられたお母さん。
思い描いていらした子育てとのあまりの違いに、どれだけ戸惑われたことでしょう。
大きくなっていくお腹とともに膨らんでいた夢や希望に満ちた生活から一変、
不安と苦悩でいっぱいの日々を送ることになられたお母さんの心中は、察するに余りがあります。

そのお母さんの惜しみない愛が、ついにスミレちゃんの人に対する関心を引き出したのです。

この頃からスミレちゃんは、お母さんへの執着、独占を意識し始め、
レッスンが終わってエレベーターのドアが開き、下のお子さんと一緒のお母さんの姿を見ると、
いきなりプリントを投げ出して脱走したり、うずくまって騒ぎ、
最後は「もうピアノ教室いかなーい!」と毎回大泣きしながら帰っていくということが、
かなり長い期間続きました。

下のお子さんへの やきもち。

本当は、もっと早い時期にやっていたことなのでしょうが、
スミレちゃんにもそんなときがきたのです。

このような状態が続くと、お母さんの心が折れてしまうことも多いのですが、
スミレちゃんのお母さんには、事態を正確にご理解頂くとともに、
本当に辛抱強く対応してくださったことにも深く感謝を申し上げます。

ここまでが、入学前から1年生にかけてのスミレちゃんです。
あの状態から本当によくここまでになったねぇ、そんな気持ちです。


2年生になったスミレちゃん。
支援級での予期せぬ『お姉ちゃん扱い』に戸惑ったり、
「一人でやりたい」が芽生えてお母さんをヒヤヒヤさせたり、
反抗期を迎えたかのような言動が一気に増加し、停滞するようなこともありましたが、
どのお子さんにも見られるような、健全な成長の経過を辿ってきました。

ぐりの教室でのレッスンでも、
学校生活の大半を交流学級で過ごすことを見据えたものに切り替わりました。

「筆算ができるなんて思いもしませんでした」

スミレちゃんは基本的な数の概念は、しっかりと身についており、
足し算引き算に関しては繰り上がり、繰り下がりも含めた文章題も理解してこなせます。
自分で問題文を読み、選択肢から選ぶこともできるほどの読解力もつきました。

衝動的な同じミスを繰り返すことは減り、比較や見通しを立てて、
どうすればよいかを考えられるようにもなりました。

言語面、機能面の取り組みは、まだまだ続きますが、簡単な会話は成立しています。

両手に人形を持って人形劇のように遊んだり、
なにより、友達同士で家族ごっこをして遊べるということが大きな成長の証ではないでしょうか。

2年生の修了式に学校の先生から
「1年生の頃からみて、スミレちゃんが一番コミュニケーション力が伸びましたね」
というお言葉を頂いたと、晴れやかな笑顔のお母さんは とても印象的でした。


この4月から、スミレちゃんは3年生になりました。
授業の大半を交流学級で過ごせるようになり、ひとり言を発する時間も減る方向に進んでいます。

また、最近の小学校の授業は班ごとに話し合う活動も多いのですが、
スミレちゃんもその場に参加し、発表する役割などを任されて上手にこなしている姿などを通して、
お母さんの口から、スミレちゃんができたことのお話をお聞きすることが増えてきました。

「スミレの10年後の姿なんて描けない」と、
不安と焦りでいっぱいだった1年生の秋におっしゃっていたお母さん。

3年生での時点、5年生6年生での時点で、ぐりが目指している状態をお話しても、
そんなことは信じられない、想像もつかないといったご様子でした。
無理もありません。
それが一般的な親御さんの反応であり、事実、そうでない情報も多くあるのですから。

長く続けて下さったことで、これまでを振り返り、スミレちゃんの変化を実感して頂くことができたお母さん。
また、それがお母さんご自身をも肯定することにもつながり、お母さんの自信へとつながります。

成果を確信できて、お母さんがスミレちゃんに描くイメージも、
これからは、より現実的なものとなっていくでしょう。

その山に登った人だけが知っている景色。
思ってもみなかった豊かな生活、というのはあります。

これからは、スミレちゃんが自分の心に刻む感動と思い出を
ご家族皆さんと一緒にたくさん作ってもらうことが、ぐりの願いです。


この2年半、ここには書けないたくさんのドラマもありましたが、
スミレちゃんは見違えるほどの成長を遂げています。
学習面の伸びはもちろんですが、人とのふれあいに関心を持ち、
それに伴って わき起こる様々な感情は、
スミレちゃんの生活に大きなハリを与え、欠かせないものとなっています。

学校は適度にこなしてくれたらいいと考えている ぐりですが、
スミレちゃんが、ご家族や周りの誰かとつながることで存在する意義が生まれ、
自分で自分の存在価値を見出してくれるといいなと思っています。

「授業参観に行くと、最近は皆に馴染んでてどこにいるのかわかりません」

お母さんの言葉に、1年生の運動会でのことを話していたお母さんを思い出して胸が熱くなりました。

片道1時間の道のりを 週に何度も往復してくださるお母さんの後姿を
スミレちゃんが思い出す時も、そのうちきっとくることでしょう。
そして、スミレちゃんもお母さんのように、
思いやりのある素敵な笑顔の女性になってもらいたいと思っています。

「福岡に引っ越してくる前、もう、先生の教室をめっちゃ探しました」
そうおっしゃっていたお母さんを ふと思い出しました。

スミレちゃん、あなたに出会えてよかった。
お母さんのお陰ですね。
ぐりは、いつでもスミレちゃんを応援しています。

ありがとう♪

  


Posted by ぐり先生 at 21:00Comments(7)療育ピアノレッスン

2017年02月07日

時間はかかる、信じて待ってくださるお母さん









次の生徒さんのDQは75と記載がありますが、正しくはDQ65です。
訂正してお詫び申し上げます。

だとすると、この伸びは素晴らしい。







  


Posted by ぐり先生 at 19:32Comments(0)つぶやき